真顔日記

上田啓太のブログ

パズルゲームの連鎖の快感

前に書いたTwo Dotsを相変わらず進めている。iPadのパズルゲームで、簡単に言えば画面をタッチして同じ色のドットをつなげていくだけのゲームなのだけど、レベルが上がるにつれて色々な要素が増えていって、自分がドットをつなげた後、しばらく連鎖的にドットが次々と勝手につながっていくのをボンヤリ見つめている時間が増えてきた。

しかし、それが気持ちよい。ゲームには連鎖の快感というものが明確にある。連鎖を見つめているだけで歓びを得られる。これは何なんだろう。指のひとふりで次々と反応が起こることに、脳が歓喜の声をあげている。なに? 神の歓び?

しかしこのゲーム、頭を使っているようで使っていないというか、考えなくてもそれはそれでクリアできることがあるという、奇妙なプレイの感触だ。自分の力で解けたのか、偶然の連鎖が重なって運よくクリアできたのか、いまいち判断できない。

半年前、Slay the Spireというゲームをしていたのだけど、これはシビアに頭を使うゲームだった。もちろん運の要素もあったのだけど、技術とランダム性のバランスは技術に寄っていたと思う。しかしTwo Dotsはランダム性の要素が大きく、そのぶん疲れていてもプレイできる。

たまに、これはもう解くのは無理だろうとあきらめて投げやりに指を動かしたら、あれよあれよという間にドットの連鎖が始まって、チャララララ〜ン! クリア〜! みたいになることがある。それをポカーンと見つめている自分がいる。神さまもこんな感じだったんだろうか。適当に指をふって生命を誕生させたら、あれよあれよという間に多種多様な造形の生きものがウヨウヨと動きだして、いまじゃ地球のあちこちを徘徊しているよキモ〜、みたいな。

そんな神さまはイヤだな。

結局、レベル780付近まで遊んだところで、Two Dotsは停滞中。再開するかは微妙なところ。レベルは3000以上ある。先は長い。神さまは宇宙に飽きたんじゃないかな。