真顔日記

上田啓太のブログ

他人としての耳

午後に外出。大通りを歩いていた時、向こうから走ってきた自動車の運転手がハンドルをまったく握っておらず、奥歯に詰まった肉の繊維かなにかを必死で取ろうとしていたので、ものすごく不安になった。ただただ直進すればよい道ではあったのだけど。左折あるいは右折の必要がある時までに、奥歯の何かが取れますように。

帰宅後、音楽をききながら作業。今日は妙にトムヨークづいている一日だった。ソロ三作をきいて、アトムス・フォー・ピースのアルバムをきいて、レディオヘッドの近作をきいた。

現状のバンド最新作である2016年の『A Moon Shaped Pool』、リリース当時よく分からんなと思い、今もあまり印象は変わらないのだが、とりあえずピンとこない理由は分かった。分からない理由が分かった。レディオヘッド的なものというか、トムヨーク的なものを、自分は特徴的なドラムパターンと不穏なベースラインによって認識していて、このアルバムではそのへんが強調されていないんだ。

高音域だけでガスのように音がフワーッと漂っていると、自分はピンとこないことが多いようだ。リズムが強調されないと反応しないのだろうか。音楽をきくことは面白いな。耳は他人で、心臓も他人だ。どれだけ理詰めでアプローチしようが、分からないものは分からない。