真顔日記

上田啓太のブログ

足立区生物園の生きものたち

もう一年ほど前になるが、足立区生物園という所に行った。動物園ではなく生物園。不思議な名称だが、たしかに動物とくくるには多様すぎる生きものがいた。ヘラクレスオオカブトがいたり、チョウチョが庭園を飛んでいたり、巨大な水槽で金魚たちが泳いだりしていた。

別の水槽にはゲンゴロウまでいた。ゲンゴロウの一般的な知名度は分からない。私は名前が面白くて子供の時に覚えたが、何も知らない人が読むと水槽の中でおっさんを飼育している非人道的光景を想像してしまうかもしれない。

ゲンゴロウは水辺の昆虫である。久々に実物を見た。ヒレのようなものを使って、水中をスイスイと泳いでいた。色は黒く、そのかたちは扁平な小石に似ていた。ゲンゴロウと小石を区別する方法を考えた。水にいれて、沈むのは小石、沈まないのはゲンゴロウ、そして僕は上田。

よろしく。

生物園にはもちろん動物もいた。しかし、普通の動物園の常連組とは違ったメンツだった。すなわち、ゾウや、ライオンではなく、ヤギや、ヒツジがいた。絶妙に日常的である。いや、私の日常にヤギやヒツジはいないのだが、それでも日常性を感じた。家畜だからだろうか。ゾウやライオンに非日常性を感じるのは、サバンナを思わせるからか。日本のどこかにこの動物を飼育している人間がいるのだ、と思えることが日常性の根拠か。

園内を歩いた。ヤギの柵の前を通った。しかしヤギというのは、なんだか人を小馬鹿にしたような見た目をしている。嘲笑的な顔面である。たれ目のせいか。目と目の間が離れているせいか。口元に締まりがないせいか。被害妄想の激しい人間は、ヤギを見ると精神不安定になるんじゃないか。お、おれを馬鹿にするな!

その後、ふれあいコーナーに入った。モルモットをひざにのせられた。モルモットは私の太ももの上でぺたんとしていた。かわいいものだ。自分より圧倒的に小さく、手足が短く、やわらかい毛まで生えている。これは、指先でなでる感じの生き物だ。人間の手のひらでさえ、モルモットには大きすぎる。人指し指だけを使って、力をいれずに優しくなでる。こんな生き物がいたのか。

この子と生きていこう、と決めた頃、次の客が待っているからと、われわれはスタッフに引きはがされた。事実、次の客は待っていた。スタッフは慣れた手つきで私のひざからモルモットを持ち上げると、次の客の太ももに置いた。一定時間が経過するたびに、次々とモルモットを引きはがして、次の客のひざにのせるシステムのようだった。キャバクラと同じ仕組みじゃないか。

ふれあいコーナーを後にした。再び、ヤギのいる柵の前を通った。食事の時間を終えたヤギは地面にべたんと腹を付けて眠そうにしていて、意地の悪そうだった顔も単なるマヌケで眠そうな顔に変わっていて、ヤギいいじゃん、と思った。まったく安易な精神構造。悪いヤギに抱かれて翌朝に泣け。