真顔日記

上田啓太のブログ

『こんにちは赤ちゃん』の次に流れてきたら嫌な曲は何か?

古いヒット曲をシャッフル再生していたら、『こんにちは赤ちゃん』の次に LUNA SEA の『ロージア』が流れてきた。唐突な世界観の変貌が面白かった。シャッフル再生ではこういうことがある。感情のフリーフォールとでも呼びたくなるような急激な変化がちょくちょく起こる。『こんにちは赤ちゃん』からの『ロージア』は、その中でも稀にみる高低差だった。

歌詞だけ見ても分かる。「その小さな手 つぶらな瞳」からの、「輝く事さえ忘れた街は ネオンの洪水 夢遊病の群れ」である。「はじめまして わたしがママよ」からの、「腐った野望の吹き溜まりの中 見上げた夜空を切り刻んでいたビル」である。人類の感情の振れ幅を思い知らされる。

『こんにちは赤ちゃん』のリリースは1963年だ。こうした素朴で幸福な歌は、ポップソングの歴史の中でも意外に珍しいように感じる。自分が10代の頃に聴いていた90年代のヒットソングには、ここまで平和なものはなかった。

しかし、赤ん坊の内的世界というものが仮にあるとすると、『こんにちは赤ちゃん』の平和で幸福な世界よりは、荒れ狂うロージアの世界に近い気もする。それは不安と安心を高速で行き来する、非常に極端な世界なんじゃないか。

赤ん坊の世界は極端な不安ベースで構成されていて、だからこそ、すぐに泣き叫ぶ。『こんにちは赤ちゃん』からの『ROSIER』を、母親視点から赤ん坊視点に切り替わったと解釈してみればいい。

その場合、赤ん坊の誕生直後の激しい泣き声は、ロージア冒頭における河村隆一の絶叫(アイピッドマハー)に相当する。

まあ、赤ん坊が実際に体験している世界というのはよく分からないため、なんとも言えないのだが。自分にも数年間の赤ん坊経験があるはずなのに、職歴を語るようには、赤ん坊経験を語れない。数年ほど赤ん坊やってましたが記憶にございません、と言うしかない。

その後、『こんにちは赤ちゃん』の次に流れてきたら一番嫌な曲は何かを考えていたのだが、結論としては、鬼束ちひろ『月光』に尽きる。母親視点の『こんにちは赤ちゃん』から『月光』に移ってみれば、

I am God's child
この腐敗した世界に堕とされた

とか言っているので、生んだ母親の立場がない。