真顔日記

上田啓太のブログ

なぜ白髪は一カ所に密集するのか?

私は遺伝的に白髪が出やすい。二十代半ばから出はじめた。その後も順調に増えている。これをどうするかが問題である。

前提として私は美容院に行っていない。長く読んでいる人は知っているのかもしれない。バリカンによるセルフカットで十年以上を過ごしてきた。理由は美容院が怖いからである。昔はたんに苦手だった。普通に行くこともあった。おしゃれと苦手を天秤にかけて、ぎりぎりでおしゃれが勝っていた。しかし恐怖心は克服されなかった。

美容室の雰囲気は洗練されている。私は自意識がどぶねずみなので入ることに躊躇される。予約の電話を入れる必要もある。予約の電話は過度に緊張する。そのうえ髪を切られている間は、人間を相手に人間らしく会話しなければならない。大変なことが重なっている。できれば行きたくない。美容院に行かずに人生を棺桶まで進められれば、おんの字だ。

そして実際に行かなくなった。人の家の物置に住みはじめたあたりからだ。色々なことを放棄した。そしてバリカンを使用することを覚えた。アタッチメントを駆使して坊主も回避した。定期的に短髪にリセットする。もちろんこんな方法では最先端の髪型にならない。すこし操作を間違えるだけで昔の軍人のような髪型にもなる。しかし最低限の散髪としては十分だ。そして人の家の物置に住んでいるような人間に、最先端の髪型は必要ないのだ。人の家の物置に住んでいる人間が最先端のヘアスタイルをしていたら、むしろ爆笑してしまうだろう。身のほどを知れ。

セルフカット生活を十年続けた。頭のなかの美容院はどんどん怖ろしいところになっていった。現実と切り離された時、妄想というのは異様にふくらんでいくものだ。いまや私の頭のなかの美容院は魔窟である。両手をハサミに改造された美容師たちが、長い舌を出して前傾姿勢で笑っている。絶対に行きたくない。殺される。前髪を切るふりして前頭葉を切除してくるに決まっている。

白髪の話をするんだった。

現在、ドラッグストアで買ってきた白髪染めを使っている。すぐに気付いたのだが、白髪というのは短髪ほど目立つものだ。毛が長いときは目立ちにくい。とくに私の進行状況だとそうである。そのため白髪染めを無理に使う必要がない。短髪の時だけ、白髪染めを使っている。

髪が長いときは、表層の毛をめくると中に大量の白髪が見える。たまに鏡の前でこれをやる。大量の白髪が見えると軽く興奮する。これは最近気付いた。川辺で巨大な石をうらがえして虫がウヨウヨいた時の興奮と同じである。ウエーッとなりつつ興奮している。私の白髪は虫と同じなのか。

白髪の多い部位と少ない部位がある。これは不思議だ。なにか理由があるんだろうか。たとえば私はこめかみ付近に白髪がたくさんできる。こめかみを押すと眼球付近の疲れが取れると経験的に感じる。目を酷使した後はこめかみ付近がドクドク脈打っている。目の酷使がこめかみの白髪を生んでいるんだろうか? そんなふうに勝手に予測している。とくに裏は取っていない。そうなんだと思い込んで生きている。

それから左の前頭部だ。ここに私は白髪が密集している。これは脳の特定の部位を酷使しているからなんだろうか。

昔同居していた杉松という女は、右の前頭部に白髪が密集していた。われわれは当時、話し合っていた。上田は日常的に言葉を酷使している。よって左脳が疲れて左の前頭部に白髪が増えている。一方の杉松はデザイナーである。日常的に色と形を酷使している。そのため右脳が疲れて右の前頭部に白髪が増えている。うおおおおおお!

「ノーベル賞もらえちゃうじゃん!」

われわれは異様に盛り上がった。そぼくである。なでなでしてあげたくなる。ノーベル賞にたいする認識が、小学生と大差ない。

しかし以来、そういうものだと信じ込んでいる。左脳と右脳の酷使の度合によって、白髪の密集地帯は変わるのだ。もちろん裏は取っていない。しかもサンプル数は2。科学を知らない二人組である。

たとえばプロの作家とプロの画家を集めて、白髪の進行状況を観察したりすればどうなんだろう。そんなことも思ったが、思っただけでやる気がない。サンプル数を増やす気はない。学者にはなれない。われわれは白髪密集の謎を勝手に解いて、検証もなしに盛り上がっていた。ネコをなでる速度が上がっていた。ネコは嫌そうな顔をして逃げていった。摩擦とは不快なものである。ごめんよ。