真顔日記

上田啓太のブログ

感情のイモ掘り遠足

この一年で、以前は聴けなかった音楽が聴けるようになった。Apple Musicを本格的に使うようになったことも大きいのかもしれない。適当に古いヒット曲を聴いてみると、昔はスルーしていた曲に強く感情が反応するようになっている。

たとえば、MINMIが聴ける。ブリトニー・スピアーズも聴ける。「聴ける」というのは自分にとって少し特殊な用語で、要するに、その音楽を良いと思えるし、その音楽の歌声や歌詞に同一化することができる、ということだ。

この意味で、aikoを聴くことは私にとってaikoの音楽を再生することとイコールではなく、aikoの音楽を通して自分の中に眠っている感情を掘り起こすことだった。今では遠い昔のことのように感じるが、はじめてaikoを「聴ける」ようになった時、わりと動揺した記憶がある。自分の変化に気づかされたからだろう。その範囲がaiko以外にも広がってきたということか。

現在、MINMIの『The Perfect Vision』という曲を異常に再生しているんだが、背後にある感情がよくわかる。たしかに自分にもこういうところがあると感じる。もっとも、「俺はMINMIだ」というほどの強烈な自覚でなく、「たまにMINMIだ」という程度の弱い自覚ではあるのだが、それでも自分にとっては大きな変化だと思われる。過渡期なんだろう。

少年時代、学校でイモ掘り遠足というイベントがあった。私は他の生徒たちといっしょに遠出して、イモを掘り出していた。人間の感情をイモとするならば、あるアーティストの音楽を聴くことは、感情というイモを掘り出すための長い遠足であり、私はaikoを通じて、すさまじく巨大なイモを掘り出したのだと言える。

aikoを通して掘り出した感情はあまりにも巨大で、他を圧倒した。そのイモはあまりに大きく、はじめはイモだと分からなかったほどで、土を払い、イモの一部があらわれ、別のところで土を掘ると、そこにもイモの表面があらわれ、しばらく掘っていくうちに、その両方がひとつの巨大なイモの表面だったと判明したほどだ。

今、ブリトニー・スピアーズを聴くと、背筋が伸びる。まっすぐに姿勢を正して、自信満々で進んでゆくイメージだ。服装としては半裸。そのへんで拾った布切れを巻いているだけである。しかし威風堂々。露出すればするほど、自己肯定が高まる状態。肌の面積に比例して、世界は私のものになる。それが、ブリトニー・スピアーズ。

『Toxic』という曲だけをえんえん聴いている。まずはここからはじめて、自分の中にあるブリトニー・スピアーズの要素を少しずつ拡大していき、上田とブリトニー・スピアーズの重なるところを日々発見し、数年後、立派なブリトニー・スピアーズになる。

そして最終的に、ビヨンセになれれば最高だと思う。このあいだ、Youtubeでビヨンセが大観衆を前に踊り狂っているのを見て、自分と重なるところが一つもないと感じた。人類の両極、上田とビヨンセ。しかしsomeday、ビヨンセになる。