真顔日記

上田啓太のブログ

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寄稿:ドラゴンボールの世界は芸能界に似ている - マンバ通信

北海道で一人のヒモに出会った

北海道でヒモの男と知り合ったことがある。

大学生の時、ひとりで電車を乗り継いで札幌まで旅行した。その時に出会ったのだ。旅先で知り合い、旅先で別れてそれっきりの男だ。元ホストの男だった。女のヒモをやっていた。生活費から何から、すべて女に出してもらっている。

強気な男だった。同時に、どこまでが本当でどこからが嘘なのかよくわからない男だった。ハッタリと真実の境界線が見えなかった。当時私は二十歳だったから余計に。

京都から名古屋、名古屋から東京、東京から仙台というふうに、私は電車を乗り継いで旅行していた。宿泊はネットカフェが多かった。最後に仙台から函館を経由し、札幌駅に到着した。ネットカフェの連泊に疲れ切っていた私は、駅近くのカプセルホテルに泊まることにした。そこで男に出会ったのだ。

小さなエレベーターに乗り込むと男がいた。私は軽い会釈だけしてあとは沈黙した。しかし、エレベーターが上昇しているあいだに向こうが話しかけてきた。

ーーここに泊まるんですか?
ーーええ、まあ。
ーーいまから受付ですか?
ーーそうです。
ーー北海道は着いたばかりですか?
ーーはい、さっき。
ーーどこから来たんですか?
ーー京都なんです。
ーーへえ、京都!

徐々に会話が弾みはじめた。あれはすごかった。完全にホストの話術の延長にあるものだった。私は女を口説くように口説かれていたのだ。

エレベーターが目的の階に着いた。私は受付をすませてカプセルに荷物を置いた。男は案内してくれた。すでに長く泊まっているらしい。もうすこし話しませんかと言われ、二人でホテルの非常階段に座った。

しばらく互いの基本的なことを話した。気づけば向こうは敬語をやめていた。なめらかなシフトチェンジだった。男は二十六歳だった。当時の自分より六つ上だ。ふだんは東京に住んでいるが、三ヶ月ほど北海道に滞在しているのだという。

すこし打ちとけた雰囲気になったころ、男がジッポを見せてきた。そこには植物の絵が描かれていた。「これわかる?」と男は言った。わかるも何もただの植物だろうと思ったので、「はあ」とだけ答えた。それで教えられたが大麻の絵だった。私はそれも知らなかった。

北海道には野生の大麻が生えているから、それを探しに来ているんだと男は言った。本当なのか分からなかった。北海道に来てからの三ヶ月で18人の女とやったとも言っていた。これも今思うと微妙だ。女の写真は一枚だけ見せてくれた。携帯に入った画像で、茶髪の女がシーツで胸をかくして笑っていた。たぶん本物だった。だから少なくとも一人はいたんだろう。

非常階段で話し込みながらも、私は男のことがいまいち信用できず、カプセルホテルの自分のベッドが男の仲間に荒らされている可能性を想像していた。これは杞憂だった。男はそういった類の悪人ではなかった。

深夜まで話し込んで別れた。今から街に出て友達と話すんだと男は言った。札幌駅の近くにたくさん友達がいるらしい。いっしょに来るかと聞かれたが断った。そして自分のカプセルに戻った。ずいぶん変な男に会ったもんだと思い、その日は寝た。

もう会わないだろうと思っていたが、翌日ホテル備えつけの大浴場に行くと男がいて、ふたたび話しかけられた。その日、私は一人で小樽を見て回るつもりだった。男は一緒に行くと言った。とくにこだわりもなかったから私は受け入れた。

二人で小樽に行った。目についた店で私は海鮮丼を食べることにした。男は外で待っていると言って店には入らなかった。海鮮丼はうまかった。

店を出ると男はサングラスをかけていた。すこしハイになっていた。店の裏のところで大麻を吸っていたんだ、と男は言った。大麻を吸うと目が赤くなるから、サングラスで隠さなければいけないのだという。声がすこし大きくなっていたが、それほど印象は変わらなかった。酒に酔うようなものなんだろうか。

二人で札幌に戻った。帰りの車中でヒモをしていることを教えられた。東京にいる女が生活費を振り込んでくれるのだという。女とはパチンコ屋で知り合った。向こうもこちらも常連だった。店で会うと挨拶するようになった。そこからは早かった。女はすごく美人なんだが、男に惚れているのだという。もっと色んな子と遊びなよ、私だけじゃもったいないよ、と言われているらしい。

「だから遊んでるんだ」

そう言い、また三ヶ月で18人の女とやった話がはじまった。話のあちこちに「師匠」という言葉が出てきた。ナンパの師匠らしい。出会い系で女を引っかける技術を学んだという。男は師匠のすごさを熱っぽく語った。ずいぶん尊敬しているようだった。

私は札幌のカプセルホテルに数日滞在した。ここから記憶は断片的になり、時系列が錯綜する。男も同じホテルに泊まっていたが、常に一緒だったわけではないからだ。

ある時、男とふたりで早朝の地下街の階段にいた。まわりには誰もいなかった。話の流れだろうか、俺は歌がうまいよと言われた。そうなんですかと私は答えた。すると男はいきなり歌いはじめた。T-BOLANの『離したくはない』。それで私は面喰らった。まさか実際に歌いはじめるとは思わなかったからだ。しかも男は律儀にAメロから歌いはじめていた。こういう場合、普通、サビだけではないのか?

Aメロ、Bメロ、サビというふうに、男はしっかり一分ほど歌った。早朝の地下街に男の歌声がひびいていた。私は誰かが来ないかと心配していた。男の歌はそれなりにうまかった。自画自賛するほどではなかった。

野生の大麻を探しにきたと言うわりに、男はいつも札幌駅のあたりでぶらぶらしていた。しかし過去に北海道で警察に追われたこともあるという。パトカーからぎりぎりで逃げ切ったと言っていた。その描写は映画のカーチェイスのようだった。

東京の女と話しているところを一度だけ見たことがある。雑談していると電話がかかってきたのだ。男はすこし離れたところで通話をはじめた。その声は別人のようだった。女の話にずっと相槌を打っていた。うん、うん、という、なだめるような声をいまだに記憶している。その声はやさしく、その背中は小さかった。

札幌に来て数日が過ぎていた。その日も男と二人で深夜にだらだらしていた。男は携帯でメールをしていた。女ですかと聞くと「いやこれは師匠」と言われた。そしてまた師匠のすごさを語りはじめた。私は師匠にかんする話をなんとなく聞いていた。やがて男は打ち明けるように言った。

「この人の職業、殺し屋なんだ」

その瞬間、この数日の虚実の皮膜が唐突に破られた気がした。しかし私は指摘できなかった。「殺し屋なんですか」とだけたずねた。

「うん」と男は言った。

「やばいでしょ?」

私は笑いそうになったが、笑わなかった。「やばいですね」とだけ答えた。もしかして、大麻じゃなくて雑草か? 心のなかで思った。

私は札幌を出ることにした。さすがに京都まで鈍行を乗り継いで帰る気にはなれなかった。電車で苫小牧に行き、そこからフェリーで帰ることにした。男は札幌駅まで見送ってくれた。

別れ際、「上田くんって変わってるよね」と言われた。それで私はずっこけそうになった。あんたに言われてしまうのか。大麻を吸い、三ヶ月で18人の女とやって、知り合いに殺し屋までいる男に、変わってると言われる自分は何なのか。半魚人かなにかか。

男と別れた。フェリーは十八時間かけて苫小牧から敦賀まで進んだ。私はその大半を眠って過ごした。たまにデッキにあがってビールを飲んだ。二十歳の夏だった。世の中には色々な男がいるもんだと思った。しかし私は二十五歳で女の家に転がりこんだ。世の中には本当に、色々な男がいる。