真顔日記

上田啓太のブログ

他人としての耳

午後に外出。大通りを歩いていた時、向こうから走ってきた自動車の運転手がハンドルをまったく握っておらず、奥歯に詰まった肉の繊維かなにかを必死で取ろうとしていたので、ものすごく不安になった。ただただ直進すればよい道ではあったのだけど。左折あるいは右折の必要がある時までに、奥歯の何かが取れますように。

帰宅後、音楽をききながら作業。今日は妙にトムヨークづいている一日だった。ソロ三作をきいて、アトムス・フォー・ピースのアルバムをきいて、レディオヘッドの近作をきいた。

現状のバンド最新作である2016年の『A Moon Shaped Pool』、リリース当時よく分からんなと思い、今もあまり印象は変わらないのだが、とりあえずピンとこない理由は分かった。分からない理由が分かった。レディオヘッド的なものというか、トムヨーク的なものを、自分は特徴的なドラムパターンと不穏なベースラインによって認識していて、このアルバムではそのへんが強調されていないんだ。

高音域だけでガスのように音がフワーッと漂っていると、自分はピンとこないことが多いようだ。リズムが強調されないと反応しないのだろうか。音楽をきくことは面白いな。耳は他人で、心臓も他人だ。どれだけ理詰めでアプローチしようが、分からないものは分からない。

すさまじく小さな葛藤

朝九時起床。夕方に短いジョギング。数日前からはじめた。途中で公園に寄って、鉄棒で筋トレもした。汗を流すと気持ちいい。しかし運動習慣というのは、ほんとに根付かないんだよな。

ただ、日々の運動量によって、起床直後の身体のすばやさは明確に変化する。ジョギングをすると機敏になる。初動が変わる印象だ。キビキビ動くようになる。運動不足だと、のっそり動く。じゃあ継続しろよ、って話なのだが。

あと、運動をすると飲みたいものが変化する。今日、帰りに寄ったコンビニで、ドリンクの棚を前に小さな葛藤が起きて面白かった。コーヒーではなくスポーツドリンクが飲みたい。だがその一方で、アイスコーヒーを飲みたがる惰性の部分も強く残っている。アイスコーヒーを飲みたがる昨日までの自分と、ザバスを飲みたがる今日からの自分に、心が引き裂かれていた。

この葛藤に気づくと面白い。普通にしていると気づかない。すさまじく小さな葛藤だ。気にとめなくても生きていける。むしろ気にとめないほうが平和に生きていけるのだろう。それはプランクトンの演じるシェイクスピア悲劇だ。オペラグラスではなく顕微鏡で観劇するドラマだ。プレパラートが劇場になる。

今日はアイスコーヒーを飲んだ。偉大なる惰性の勝利だ。しかし経験的には、さらに運動を継続していくと、ある段階でスポーツドリンクに切り替わる。酒とコーヒーの量が減る。はたして今回は続くのか。

運命の浪費

夕方、コンビニでアイスコーヒー。例のごとくマシンの前で抽出を待つ。となりのマシンでは先にいた小太りの男がフラッペを作っていた。しかし私のアイスコーヒーのほうが時間はかからないから、結果として、私のマシンと男のマシンが同時にピーッと完成を告げた。美しく重なる二つの音。なんなんだ、この無意味な偶然は。照れちゃうよ。

男のマシンの側にストローやフタの棚があったため、その後しばらく、二人の男が言葉もかわさず気をつかいあって、互いの位置どりを模索することに。気まずさと照れくささの混じりあった奇妙な空間。あたふたした。

こういうの、奇跡の浪費だよなと思う。運命のむだづかい。へんなところで偶然の出会いを演出するな。

世界の運命の総量が一定だとすれば、このせいで結ばれなかったカップルとか出てくるんだろうな。あと一本バスがちがっていたら出会えたはずの二人が、とくに出会うこともなく、二人の人生が重なりあうこともなく、淡々とそのまま続いていく。かわりにコンビニの店内で奇跡のように重なりあう電子音。ごめんよ。彼とはその後何もなかったよ。

ひさしぶりのレジ袋

午前六時起床。快晴。昼に外出。コンビニにアイスコーヒーとミニようかんを買いに行く。まだ日ざしが強い。セミの声一切きこえず。とうとういなくなったのか。この夏最後のセミの声をその時点で判断することは不可能だ。後にならないと分からない。

手ぶらでコンビニ到着。アイスコーヒーは手持ちでいいし、ミニようかんはポケットに入れればいいと考えていた。しかし店内で食品に囲まれ、さらなる食欲がわいてきたため、アメリカンドッグとポケチキのプレーンを一緒に購入。

このすべてをむきだしのまま持ち帰るのは大変だし、なによりバカみたいなので、ひさしぶりにレジ袋を購入。3円。吹けば飛ぶような値段。ひさしぶりのレジ袋はなんだか記憶しているよりもペラペラだった。布製の買い物袋に慣れたからか。こんなに薄くて軽い子だったのか。

帰宅。6個のポケチキを食べ、アメリカンドッグを食べ、アイスコーヒーを飲んだところで、完全に満足する。ミニようかんが完全に余分だったが、フォルムがよいので許した。つるんとしたきれいな直方体には弱いんだ。

雑念日記更新

ジモコロで連載している雑念日記が更新された。毎回、三本のコラムで合計3000字ほどになる構成。それぞれのコラムの内容は無関係だが、なんとなくバランスは考えている。ちなみに今回は、

・文字列ループのサイコ感
・あいみょんの分裂
・どうぶつビスケットで動物園を作る

の三本です。

この紹介のしかた、サザエさんみたいだよな、と毎回思う。タイトルを三つ並べるとサザエさんだと感じるように幼少期から刷り込まれているのか。「さーて、来週のサザエさんは!」と切り出してみたくなる。

もっとも、サザエさんに「文字列ループのサイコ感」なんて回はありえないが。あれば屈指の珍回になる。「あいみょんの分裂」もありえない。「どうぶつビスケットで動物園を作る」はギリギリいけるかもしれない。カツオにそそのかしてもらって、タラちゃん、イクラちゃんあたりに奮闘してもらえれば。

午後にすこし散歩。近所のゴミ捨て場の掲示板に、毛筆で太く荒々しく、「火曜日、容器包装・プラ」と殴り書きされていた。守らねえとただじゃおかねえ、という凄みが感じられた。文字には呪術的な支配力があることを思い出した。古代の記憶だ。

・月曜日・木曜日、燃やせるごみ
・火曜日、容器包装プラ
・第三金曜日、燃やせないごみ

さすがにサザエさんにはならんな。万能ではなかった。

雑念日記:あいみょんの分裂 他2本