ナゾの激ヤセに論理で立ち向かえ

短期間のうちに3kgも痩せたことでしばらくアタフタしたが、そこはこの上田という男、身体はヒョロくとも頭脳は明晰である。なぜこんなにも痩せたのか、ウンウンうなって考える。絡まりあった因果の迷宮を、論理のランプで照らしだす。推論、検証、帰納に演繹、あまたの思考ツールを駆使し、ついにわが頭脳はひとつの結論をはじきだした。

私が痩せたのは、食生活のせいである。

明晰な頭脳がはじきだした凡庸な結論に、頭脳もポンコツなのではないかと不安になるが、そこはグイとこらえて、このところの食生活について考えた。おもえば、京都に来てからというもの、ずいぶんと食べる量が減っている。以前は定食屋でトンカツなどをたいらげることもしばしばだったが、今はコンビニでおにぎりを一個買って満足している。よく食うヒョロヒョロから食わないヒョロヒョロに変化したのだ。

また、昔はお菓子をたくさん食べており、コンビニに行くと「甘いの」「辛いの」「渋いの」をひとつずつ買っていた。コアラのマーチ(甘いの)、ポテトチップス(辛いの)、芋けんぴ(渋いの)なんていう組みあわせは定番だったし、胃袋のきもちも考えずドカ食いしたものだ。

土地が変わると習慣も変わるのか、いつのまにかそんなトライアングル・メソッドはなくなり、かわりに採用されたのが「チョコレートのでかい袋を買っておく」メソッドだ。これは、小さなチョコがたくさん入った袋を冷蔵庫に常備しておき、お菓子を食べたい気持ちがやってきたら、一粒だけ取りだして前歯でカリカリ食べていくメソッドである。

貧乏性を体現したようなメソッドにかえた結果、一日に食べるお菓子の量は3袋から3粒になった。食事はおにぎり1個でお菓子はチョコレート3粒。飽食大国ニッポンで、自分だけ戦後まもないムードになっている。こんな食生活を送っていれば痩せて当然。竹槍の似あいそうなボディになるわけだ。

さて、わが明晰な頭脳は、「痩せたのは食生活のせい→たしかにあんまり食べてなかった!!」という、非常に明確でわかりやすい、アホみたいな結論をはじきだした。今回の教訓は「食わなきゃ痩せる」である。そして、それを裏返せば、「食ったら太る」ということになる。これを利用すれば体重を戻せる。さっそくチョコレートを出して食べはじめてみたが、5粒ほどで腹いっぱいになった。

ハムスターレベルの食欲になっている。

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夏の終わりに自分はまた痩せた

ひさしぶりに銭湯にいき、湯につかってリフレッシュした後、脱衣場で体重をはかって驚いた。

以前より3Kgほど減っている。

記憶では172cm・55kgというのが自分の身長体重であり、これでも随分な痩せ形だったのだが、体重計には52Kgと表示されたのだ。55kgから52kgへ、貧弱な男としてまたひとつレベルが上がっている。かつて、こんなにも望まれないレベルアップがあっただろうか。

脱衣場には浅黒い肌をしたボクサー体型の若者がおり、ケンカしたら負けると思ったので距離をとっていた。だが、3kg痩せたとなると、この男はもとより、その隣で歯を磨いているガリガリのジジイにすら勝てないのではないか。私とジジイがリングに上がれば、ぽこぽこと間抜けな音をたてた殴りあいが始まり、3ラウンドにわたって空前絶後の退屈なボクシングが繰り広げられるにちがいない。

自分の激ヤセに衝撃をうけた私は急いで服を着た。そそくさと荷物をまとめ、ボクサー体型を大きく迂回して脱衣所をでる。風呂あがりのコーヒー牛乳もすっとばして同居人の待つ平屋へ帰る。

玄関をあけて中に入ると31歳女性はTシャツ一枚でアイスキャンディーをなめていた。その袋にはガリガリくんと書いてあり、私はいよいよ身内まで敵になったのかもしれないと思うが、気を取り直して鏡のまえに立った。

Tシャツを脱いでパンツ一丁になり、じっくりと身体を観察する。

なるほど、アバラの本数がしっかり分かる。以前は背筋をピンと張ったときにのみアバラが浮きでていたが、今は普通にしていてもアバラが存在をぐいぐいアピールしているのだ。さらに横をむいてみれば胸板は想像以上にうすく、私は人間性に続いて肉体までペラペラになっていることに愕然とした。

ペラペラでスカスカ、ジジイと互角のボディ、折れそうな手首、頼りない足腰、さらによくみれば、乳首のまわりに長い毛が二本。

どん底だ、どん底の姿じゃないか。

鏡を見るのをやめてドタドタと居間にもどるとアイスを食べおわった同居人が「なんか慌ただしいね」と言った。「ガリガリくん買ってあるけど食べる?」。私は涙目でうなずき冷凍庫からガリガリくんを出して舐めた。ガリガリの男がガリガリくんを食べる。共食いとはこのことである。冷たい氷がいつもより歯に染みた。

共食いを終えると這いあがることを決意した。

一刻もはやく体重を増やしたかったがそれはすぐにできることではなかった。自分に今できることをやろう。そう考えると同居人に小さなハサミを借りて乳首のまわりの長い毛を切った。どん底から2センチほど這いあがった気がした。ちょうど、切った乳毛の長さと同じだけ。

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彼女の寝顔を見て100年の恋を冷ますライフハック

夜、31歳女性が電気をつけたまま寝ていた。ソファで横になってそのまま眠りに落ちたようだ。放っておこうかと思ったが、そこでふと気がついた。そういえば、私はこの女の寝顔をしっかり見たことがない。

これは大きな問題ではありませんか。

愛しあう男女は、恋人の寝顔をみて飽きることがないという。寝顔をみながら微笑んでいれば、あっというまに時が過ぎるのだ。寝顔をみてニヤついて数時間なんて、ドラッカーがきいたら卒倒しそうな生産性の低さだが、男女の世界においては、その低い生産性こそが愛の証明なのである。

私はみずからの愛を証明すべく、女のとなりに寝転んで顔をのぞきこんだ。めくるめくロマンティックな時間のはじまりである。このまま数時間もながめていれば、きっと愛おしくて愛おしくてしょうがなくなって、バラなんか買いに花屋へ走っちゃうのだろう。

だがしばらく見ていても特に感慨はなく、早々にボアでダルな気分になる。果たして世のカップルは具体的に寝顔のどの部位を見ているのか、デコか、眉尻か、鼻みぞか、などと思考はあさっての方向へ飛んでゆく。バラなど買いに走るわけもない。あれは値段が高いし、トゲも痛いし、そもそも近所に花屋はない。

非常に現実的な気持ちになってきたので、腰をあげようかと思ったが、そこであることに気がついた。女の目のあたりに、なにか動くものがある。眠っているので女の表情に変化はないが、まぶたの辺りだけがモコモコと波打っているのだ。

まぶたの下にあるもの、すなわち、眼球である。女は眠っているのに、眼球だけが活動しているのだ。

私はそれまでの退屈がウソのように興奮した。これは……、これはもしかして!!

レム睡眠という言葉をご存知だろうか。REM、Rapid Eye Movement(急速眼球運動)の略である。この睡眠をしているあいだは眼球がすごい速さで動くことから、そう名付けられたらしい。

以前なにかで読んだことはあったが、生で見たのははじめてだった。女はまさに高速眼球運動をしていた。ボアでダルな気分はふっとんで、祭の夜のような昂揚におそわれた。頭のなかに祭り囃子が鳴りひびいた。

眼球は想像以上に速く、そしてはげしく動いていた。私はそれを興味深く観察した。見慣れた同居人の顔がまるで別人にみえる。なんだかラリラリした顔になっている。表情と連動せずに眼球だけが動くと、こんなにも凄まじい顔になるものか。この女、なんて表情を隠し持っていたんだ。昼の顔からは想像もつかない、とんでもない夜の顔である。

すごい、これは面白い。面白いが、全然ロマンティックじゃない。正直なところ気持ち悪い。無表情で眼球だけが動き回っているなんて、天使からほど遠い寝顔である。女の眼球がまわるほど百年の恋が冷めてゆく。

私は生産性が低くても愛が深まるわけではないと知った。眼球の観察はたしかに生産性ゼロだが、まったくもって愛の証明ではない。

ひととおり観察したころ、女が「フスッッ!!!!」と妙な鼻息を出して目をさました。私が隣にいることに驚いたようだった。すばらしい眼球運動を見せてもらったことに感謝の意を示すべく、「眼球がグリグリ動いてたぞ!!」と教えた。

女はしばし理解に手間取ったようだが、やがてすこし照れながら、「よく分かんないけど、恥ずかしいからそんなの見ないで」と言った。予想外の反応に、「あっ、ごめん」という言葉がもれた。ふたりのあいだに沈黙が降りて、そのまましばらく、何を言うでもなく見つめあった。

最後だけ見れば、すごくロマンティックであった。

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