隣の客に教えてあげたくなる

スタバでとなりの席に男二人組がすわっていたのですが、片方が店内のBGMに反応して「これ誰だっけなー」と言っておるのです。「よく流れてるんだよねー、誰だっけなー」と。

もう片方はそれにたいして「さあ」みたいな薄いリアクションを返すだけで、まったく男の疑問は解決されておらんのです。

私はこの曲が誰なのか知っておるのです。

エンヤなんです、エンヤ。このホワホワした曲はエンヤ、そんなにマイナーな人でもないと思うんです。

片方の男はあいかわらず「よく耳にするんだよなー、この曲」とつぶやいていて、もう一人は「うん」とか、明らかにどうでもよさそうに、俺に聞くんじゃねえよって態度で、目の前のサンドイッチを食べておるのです。

それが私には腹立たしい。

ここに、あなたたちの隣に、答えを手にした男が座っているんですよ。私に話をふってくだされば、即座に解答を提示してさしあげます。

たしかに私はコーヒーを飲みながら素知らぬ顔をしている。あなたがたの会話なんてまったく聞こえてないようなふりをしておる。けれど、本当は聞いていたんです。こっそり聞いていたんです。頭のなかで何度もエンヤと連呼しておるのですよ。エンヤという三文字が、喉の奥から飛び出すときを、いまかいまかと待っておるのです。

だけど結局、言い出せない。

二人組は別の話題に移行してゆく。

こんなときどうすればいいんだろう。「これエンヤですよ」って言ってしまっていいのだろうか? となりの席にいる赤の他人から、唐突にそんなことを言われたら、気味が悪いのではないか? もちろん私は百パーセント善意で言っている。しかし、それでも、唐突に第三者が話しかけてきたら、気持ち悪いし、「こいつ話聞いてたんだ……」という感想を抱くのではないか。

だからここに書いておく。手紙の入ったビンを海に流すようなきもちで、ここに書いておくのです。スタバで流れていたあのBGMはエンヤ。いつかあの人がこのブログを見て、「あのときの曲はエンヤだったんだ!」と理解できるように、書いておくのです。どうかよろしくお願いいたします。

それから、このあいだ定食屋にいた四人組、とくにそのうちの一人、店内に流れてるインストのJ-POPについて聞かれて「東京事変だよ、曲名は分かんないけど」と言ってたお兄さん。あれ、東京事変じゃなくてチャットモンチーです。曲名どころかアーティストから間違えてます。

残りの三人、「へえー」みたいな顔してましたけど、あの知識間違ってますから。アーティストから間違ってますから。人を疑うことを覚えてください。これもその場で言い出せなかったので記録しておきます。素知らぬ顔で定食を食べてましたが心のなかは訂正してあげたい気持ちでいっぱいでした。

うん、わかってきた。

やっぱりこれ気持ち悪いな。

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28 イイゼ!
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前髪パッツンの三十路はアリなのか

「三十路の前髪パッツンってアリなのかな」

夜、31歳女性にたずねられた。

31歳女性は前髪パッツンである。もう、ずっとそうだ。31歳がそれ以外の髪型をしているのを見たことがない。

だが今日、ふと不安になったらしい。「あたしもう31じゃん」と気付いたのである。「時間、過ぎ去ってんじゃん」と、「月日は残酷に流れてゆくじゃん」と、そんな考えが頭をよぎったのだ。

20代のころから、ずっと前髪パッツンで駆け抜けてきたけれど、顔は20代のころとは変わっている。昔はアリだった髪型も、30をすぎるとナシになるのではないか。童顔だからといって、いつまでも前髪パッツンでいてよいものか!

そんなことを聞かれた。

正直なところ判断がつかなかった。女の髪型の是非なんて、三年以上美容院に行ってない私には荷が重すぎる。

「わかんないけど、たぶん、変じゃないと思うよ」
「ほんとに? 保証する?」
「うーん、まあ、そうだな」

自信なさげに言う私は、このあいだまでキノコ頭であり、ワックスを使おうとすると目が泳ぎ、靴下には穴が空いている。こんなものは保証人として最悪、信頼性はゼロを突き破ってマイナスに至る。

「大丈夫だよね! イタい人に見えないよね!」
「大丈夫だろ、大丈夫だろうよ!」

キノコとパッツンが手をとりあって励ましあい、最終的に「40になったらパッツンやめる」「上田は美容院に行ったほうがいい」という結論で落ち着いたのだが、これが正しかったのかは分からない。できれば私以外の人にきいてほしい。カリスマ美容師的な人にきいてほしい。

最後に、話の流れで知った、31歳女性のヘアスタイル遍歴を書いておく。

18歳 前髪パッツン
19歳 前髪パッツン
20歳 前髪パッツン
21歳 前髪パッツン
22歳 前髪パッツン
23歳 前髪パッツン
24歳 前髪パッツン
25歳 アフロ
26歳 前髪パッツン
27歳 前髪パッツン
28歳 前髪パッツン
29歳 前髪パッツン
30歳 前髪パッツン
31歳 前髪パッツン

25で何があったんだよ、という話だが、「3年続けた仕事を25で辞めた」ので「髪型で解放感を表現したかった」そうだ。この時期はアフロにしてアジアを放浪していたらしい。よく現地の人に間違えられていたそうである。

40からアフロにしないか、今から不安である。

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34 イイゼ!
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人と会話してなくてヤバい

もう2年近く、31歳女性としか会話していない。

愕然とした。他の人間とまったく会話していない。飲み会にも行っていないし、誰かと食事することもない。新しく出会った人間も当然いない。

もちろん店員と最低限の会話をすることはある。だがそれだけだ。事務的ではない会話をするのは31歳女性だけだ。

人は日常的に接する人間をもとに世界をつくる。「人間とはこういうものだ」という感覚は、周囲の人間をもとに形作られていく。日々、さまざまな人間にふれているなら、人間の多様性みたいなものを、身体で自然と納得することができるだろう。だが、ただひとりだけの人間と接していること、これはとてつもなくヤバい。

理屈では「世の中には色々な人がいる」と分かっていても、身体は理屈など信じない。ただ経験だけを信じるのだ。

この二年間、私は31歳女性としか会話していないのだから、身体は「世の中の人間はみんな31歳女性のようなもの」と感じはじめる。あらゆる人間が「31歳女性のように考え、31歳女性のように感じている」のだと誤解してしまう。

たとえば、31歳女性はいわゆる男性アイドルというものに異常なほど関心を示さない。

以前、夕食時に、嵐という男性グループがなにやらゲームに興じる番組が流れていることがあったが、その際の31歳女性の表情といえば、『虚無』の二文字であらわすしかないものであった。画面の中でジャニーズアイドルが楽しそうに騒ぐたびに、31歳は夜のサハラ砂漠でひとりぼっちになったような顔付きになっていった。

種々雑多な人びとと接していたなら、「31歳女性は変わっているなあ」で済ませられたはずだ。

しかし今は、日本中、あらゆる食卓で、人びとはゴールデンタイムに嵐のテレビ番組をみながら、うつろな表情になっているのではないかと感じている。女子高生も、女子大生も、お母さんもお婆ちゃんも、嵐の人たちが楽しそうに騒ぐのを『虚無』の二文字で見つめているように感じてしまう。

誰かと会話しなければならない。31歳女性ではない、誰かと。

私は現状を打破するべく、以前なにかで目にしていた、『Eyeland』というiPhoneの出会い系アプリに手を出すことにした。

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19 イイゼ!
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