真顔日記

上田啓太のブログ

布使い杉松

私は布のことを何も知らない。実家を出てからというもの、一度もカーテンを使ったことがない。これまで、京都、大阪、東京など、あちこちのマンションおよびアパートおよび一軒家に住んできたが、常に窓はむきだしのままだった。プライバシーという発想のない空間である。

布のないことは当然だったから、違和感もなかった。たまに人が来て、「わ! カーテンがない!」と、おどろいていくだけだ。しかし、杉松宅での七年にわたる居候生活によって、人間の文化的な生活が布とともにあることを知った。窓があれば布をかける。これがカーテンである。床があれば布を敷く。これがカーペットである。なるほど、と思った。

とくに、杉松という女は布を使うのがうまかった。新しい布がいつのまにか部屋の一角で存在感を発揮していることがよくあった。そのことを指摘すると杉松は言った。

「まあ、あたしは布使いだからね」

この名称は、ゲームにありそうでなかった。刀使いでも槍使いでもなく、布使い。よわそう。敵の攻撃を布でふせぐ。魔物の爪も布でふせぐ。結果、血まみれ。もちろん攻撃も布である。攻撃音は「ファサァ……」。

一人暮らしが始まり、ふたたび布のない空間で暮らすことになった。部屋には巨大な窓があるが、その向こうに誰かがいるわけでもないので、そのままにしてある。フローリングにも何も敷いていない。しかし私はすでに、布の役割を知っている。布を使うことで空間に彩りが生まれることを知っている。これまでの私の一人暮らしが殺伐としたムードとともにあったのは、布を使わないゆえだったんだろう。

これはさっそく布を買うべきだと思い、杉松に「布はどこで買えるのか」とメールした。「布屋だよ」とだけ返ってきた。完全に手抜きの解答であった。パンはパン屋で買える、と言うようなものだ。「その布屋はどこにあるのか」と再度メールした。「そのへんにあるよ」と返ってきた。とっても投げやり。テレビのリモコン探してるんじゃないんだから。