真顔日記

上田啓太のブログ

雨の日はナメクジの裏側ばかり見せられている

雨の日、小部屋の窓にナメクジがはりついていた。といっても室内にいるわけではない。窓をはさんだ向こう側にはりついている。それが視線の先にある。小部屋でパソコンに向かいながらナメクジの裏側を見る。ディスプレイから顔を挙げるたびに、同じような位置でジッとしている。ナメクジというのはいつ見ても話の通じそうにない外見をしている。

同居人はギャーギャー言っていた。縁側のほうにも出たらしい。

「どこにもいないよ! なんなの、意外とナメクジ速いの!?」

目をはなした隙に消えていたという。本気を出すとピューッと動けるなら面白い。人前ではナメクジとしてのキャラを守っているだけ。しかし高速で動くナメクジは、いよいよ気持ち悪さも増しそうですね。

同居人はひととおりナメクジにディスを飛ばしていた。塩で溶けるのがダサイ、ヌメるのがキモい、動きがどんくさい、とにかく塩で溶けるのがダサイ、とのことだった。ナメクジ知識が薄い。私も似たようなもんだが。

「ヤモリだったらいいんだけど」と同居人は言った。

たしかに、窓にくっつくヤモリを裏側から見ることは想像するだけでもなごむ。小さな手でピタッと窓にはりつく。とても優しい気持ちになれる。しかし、ナメクジは身体全体ではりついている。どんだけヌメッてんだよと思わされる。その事実に人は引いてしまうのか。

子供のころ、近所のヒキガエルに名前をつけていた。なんという名前かは忘れてしまった。しかしペットのように思っていた。家で飼っていたわけではない。近所で見かけるヒキガエルだった。家族で夕食に行った帰り、夜道を歩いていると、月明かりに照らされた大きなヒキガエルが路上のどまんなかに座っていて、しばらく家族で見ていた。あのころはやたらとカエルを見つけたが、まだ背が低かったからか。

しばらくして、近所の路上で車に轢かれたヒキガエルの死骸を見つけて、私は「あいつなのか? あいつなのか?」と不安に思っていた。あいつなのかはわからずじまいだ。確認しようがない。

晴れた日は、小部屋の窓から庭の木が見える。幹の上をアリたちが歩いている。その動きは非常に洗練されている。すれちがいざまに軽やかに口づけをかわしている。たぶん何かを交換しているんだろうが、あの洗練はすごい。都会的洗練の極みだ。すれちがいざまにキスをして、照れることもなくそれぞれの道を行く。キスと忘却。口づけが後を引かない。人類はいまだかつて、あれほどの洗練を生み出したことはないだろう。

以上、本日はナメクジとヤモリとヒキガエルとアリの話であった。なんなんだ、この引きのないメンツは。