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真顔日記

上田啓太がいろいろ書くブログ

ポケモンGOからツムツムを経てぷよぷよに辿りついた女

居候生活

 今年の夏、私は半ズボンにTシャツという姿で居間に寝ころがり、ドラゴンボールの魔人ブウ編を読みながら「ミスターサタン最高だな!」と言っていた。

「小学生か!」

 同居人に言われ、掃除機のさきっぽで身体をガスガスやられていた。

「邪魔だよ!」

 子供のころ実家で似たようなことあったな、という気分になった。ドラゴンボールを読んでいると母親が掃除機をかけはじめ、場所を移動しなければならないがドラゴンボールが面白すぎるので片時も目を離したくない。結果、室内をウロウロしながら読み続ける。まさかこの年でアレが再現されるとは思わなかった。呆れたのか何なのか、同居人は一時的に私のことを「半ズボンの人」と呼ぶようになっていた。

「そこの半ズボンの人どいて!」

 しかし一週間後、ポケモンGOがリリースされ、今度はむこうが小学生になった。毎日毎日、「近くにポケモンいる!」と絶叫して飛び出していく。戻ってくると捕まえたポケモンを自慢げに見せてくる。本当に夢中になっていた。

「小学生か!」

 カウンターを返しておいた。

 ちなみに私はポケモンGOをやらなかった。べつに流行を拒絶したわけではない。たんに私のiPhone4は古すぎて対応外だったという悲しい理由である。

 同居人のポケモン熱がピークを迎えたころ、日本の夏もピークを迎えた。気温が三十七度をこえた日に二人で大きな公園に行ったのを覚えている。ジムがあるとのことだった。私はよく分からずについていった。要するに他のプレイヤーと対戦できる場所らしく、同居人のポケモンはボコボコにされていた。私は爆笑したが、「笑い事じゃないでしょ!」と言われた。通り魔にでもあったような惨敗ぶりだった。あの日は本当に暑かった。

 それからの二ヶ月で同居人は徐々にポケモンGOに飽きていった。なので私は人間がひとつのものに飽きていく過程を間近で観察することになった。これはものすごく勉強になった。はじめは向こうから率先してポケモンGOの話題を出してくる。そのうちあまり話題にしなくなる。最後はこちらから「やってんの?」と聞かないかぎり触れなくなった。

 そして「やってんの?」に対する返答も、「まあ、ちょこちょこ」とか「そこそこね」というものから、「うん、まあ」とか「ああ、むん」という曖昧なものに変わり、最後はとうとう「やってない!」とキッパリ言われた。「一切やってない!」と威風堂々だった。「あ、開き直った」と思ったのを覚えている。

 ポケモンGOに飽きた同居人はツムツムをはじめた。スマホのパズルゲームだ(たぶん)。私は名前だけ知っていた。同居人はしばらくツムツムにはまったようだった。しかしこれもやめた。

「LINEの友達に知られるんだよ」と同居人は言った。このゲームでは自分のスコアがLINEの知り合い全員と共有され、自動的にランキングが作成されるらしい。

「暇なのバレるからヤなんだよ!」

 同居人はインドア派としての才能を発揮し、週末になるたびネコをひざにのせてツムツムをしてしまった。知人たちがBBQやらスポーツ観戦やらショッピングやらをしている間も、天然の禁欲ぶりを発揮してツムツムに一点集中してしまった。結果、ランキングで圧倒的存在感を放ってしまった。それが恥ずかしかったらしい。

 このランキングは強制参加だ。順位が上がれば上がるほど、友人・知人のあいだでツムツム女としての存在感が増してしまう。仲のいい相手に「ツムツムやりすぎでしょ!」といじられるのは構わない。しかし微妙な距離感の人間に「あの人ツムツムばっかやってるんだな……」と思われるのは耐えがたい。

「ひっそりやりたいのに、なんなの、ツムツムは!」

 四文字のカタカナにキレるほど不毛なこともないが、そうしてツムツムもやめた。現在はぷよぷよに移行したようだ。これもアプリ版である。ずっとぷよぷよを消している。このあいだはネコをなでながら消していた。ネコまで消えないか心配になる。そして集中が必要なんだろう。ぷよぷよを消している時に話しかけると、返事は完全に適当である。

「あ?」

 五十音のひとつめを無造作に投げ捨てるようなリアクションで、これは心にくる。半ズボンの人にも心はあるんだから。しかしぷよぷよは楽しんでいるようだ。知人と結果も共有されないので平気で禁欲的アスリートになれる。消しに消している。そして季節が変わりアプリが変わるあいだも、ネコたちはいつもひざにいた。最初からネコという答えはある。