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真顔日記

上田啓太のブログ

「コンビニに抱かれる」という斬新な枕営業

「見たよ、真顔日記」

同居人に言われた。向こうからこのブログが話題にしてくるのは珍しい。ネコの話を書くと「よくやった」と言われるが、それ以外で言及されることは少ないからだ。

聞くと、記事の反響の大きさにウケたらしい。先日の「セブンイレブンを想いながらファミリーマートに抱かれる」。あの記事が大勢の人に読まれた。アクセス解析によると20万人くらい。ドカンと人が来た。その反響が面白かったという。要するに、あの記事で上田の知名度が上がった事実にウケたのである。

「よかったねえ、コンビニに抱かれて」

ニヤニヤしながら言われた。

「抱かれてみるもんだねえ、ファミリーマートに」

ほとんど枕営業したアイドルを見る目だった。

ということで、現在、私は同居人に「コンビニに股をひらいて名前を売った男」みたいな扱いを受けている。有名になりたくてコンビニに股をひらく。そう表現すると最低だ。せめてプロデューサーに抱かれろ。コンビニに抱かれてどうする。

同居人は「抱かれる」という言い回しが気に入ったようで、夜中、私がファミリーマートに行こうとしただけで、「抱かれてくるんだ?」と言われる。行きづらくて仕方ない。

しかし、私の中にも「抱かれる」という表現は根付きつつある。今日なんか、スタバで文章を書いたあと、セブンイレブンに寄って帰った。スタバに抱かれたあとセブンイレブンに抱かれたわけだ。これは本当に頭カラッポ感があって嫌である。とにかく勝ってる奴に抱かれたがる。序列しか見ていない。

同居人はシンプルに「尻軽だね」と言った。

どこかに行くことを「抱かれる」と表現するだけで、日常はものすごく淫らになる。私がサラリーマンだった場合、ファミリーマートに抱かれて朝食を手に入れ、電車に抱かれて会社に移動し、勤め先に抱かれて給料をもらうことになるわけだ。

仕事が終われば退社するが、駅までの道のりで和民に押し倒されてしまう。飲まずに帰ろうとしたのに、肝臓を休めようとしたのに、和民に押し倒されてしまうのだ。こうなると、和民というのはたくましい肉体を持った野蛮な原住民である。そして和民に押し倒された私はその毛深く太い腕に抱かれながら、数年前に、潮のかおりのする魚民の日焼けした肌に抱かれた時のことを思い出すのだ――

もうだめ。

自分を安売りしたくない。和民にも魚民にも抱かれたくない。魚民を想いながら和民に抱かれたくない。というか私は三十二の男だ。三十二の男が頭の中で女になって毎日色んなものに抱かれてるって気持ち悪すぎませんか。性のねじれがひどい。ファミマに抱かれるからこんなことになる。あの記事を書いた後も、すでに三回ファミマに股をひらいた。もうだめだ。

たぶん、私が股をひらくとファミマの入店音がする。