読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

真顔日記

上田啓太がいろいろ書くブログ

人の集まるところを「都会」と呼ぶ習慣について

居候生活

 京都の人々は、四条河原町のことを「都会」と呼ぶ。

 といっても、根拠は数人なんですが。

 京都を知らない方のために説明しておくと、四条河原町は四条通りと河原町通りの交わる場所で、京都でいちばん人が集まるところ。つまり京都の「中心」である。京都駅はじつは「中心」とは言いにくい。

 そして同居人は、四条河原町に出ることを「都会に行く」と表現する。同居人の友達も「都会」と言うし、京都暮らしの長い大家さん(六十代)でさえ「都会」と言うらしい。要するに、京都では「都会」と言えば四条のあたりだと通じるそうだ。

 最初、私は同居人が「都会」と言ったのを聞いて笑った。大げさだからである。私は「都会」とか言われると、どうしても長渕剛的な、コツコツとアスファルト踏みしめてボストンバッグかついで出ていくイメージが浮かんでしまう。しかしうちから四条までは市バスで20分である。都会としてお手軽すぎる。ポーチで行ける。

「言うよ、普通だよ、完全に普通だよ!」

 同居人は、笑われて心外のようだった。それで「友達も大家さんも言ってる」という話を聞かされた。

 考えてみれば、高校生の頃、私は金沢に住んでいたんだが、中心街である香林坊に行くことを「街に行く」と表現していた。友達も当然のように言っていた。これも似たようなもんかもしれない。「街」というのも、「都会」に似たアホらしさがある。私の家だって、街っちゃ街なんだし。それに香林坊までは歩いて20分だった。私はナップサックで行っていた。長渕剛がナップサックをかついでいれば、名曲もだいなし。

 むかし、大阪に住んでいたことがある。しかしあの頃は似た表現を聞いた記憶がない。大阪の中心といえばキタとミナミに梅田と難波だが、普通に梅田とか難波と言っていた。中心が二つあるからだろうか。京都なら四条河原町、金沢なら香林坊というふうに、人が集まるところを一発で確定できるとき、「都会」や「街」という表現が生まれるんだろうか。

 東京ではどうなのかも気になる。大阪以上に人の集まる場所が分散しているから、こういう表現は出てこないのか。新宿、渋谷、原宿、池袋、銀座、吉祥寺……というふうに、いくらでも固有名が浮かんでしまう。これでは「都会」や「街」という、ざっくりした表現で指定できる土地はないかもしれん。

 余談だが、「香林坊のことを街と言っていた」という私の話を聞いたとき、同居人は爆笑していた。「街ってなんなの! おかしいでしょ!」とゲラゲラ前歯であった。「じゃああんたの家はなんなの! 街じゃないの! 村なの!」とのことである。人のことだと平気で爆笑。われわれは同類である。