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真顔日記

上田啓太がいろいろ書くブログ

セブンイレブンを想いながらファミリーマートに抱かれる

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 近所にセブンイレブンができた。

 といっても、家からは微妙に離れており、最寄りのコンビニではない。それでも生活圏ではあるから、オープニングセールに行ってみたんだが、これが予想以上に大きい店舗だった。たまに郊外で見かける駐車場が異常に広いコンビニ、と言えば伝わるだろうか。

 だから品揃えも充実しており、もともとセブンイレブンは自社ブランドに力をいれていることもあって、私のなかに突発的なセブンイレブンブームが生じた。色々と商品を買ってみては、これはうまい、あれもうまいと考えている。

 だが先述したように、最寄りのコンビニではない。歩いて十分ほどかかる。たとえば深夜三時に小腹がすいて、ジャージのままパッと行くには遠い。しかも歩いて二分のところにはファミリーマートがある。だからそちらで済ませる。

 しかし今日気がついたのは、私はファミリーマートの店内をうろつきながらも、セブンイレブンのことを考えてしまっているという事実だった。ファミリーマートの惣菜コーナーに立ちながら、セブンイレブンの惣菜を探している自分がいた。目の前に並ぶファミマコレクションの数々を見つめながらも、私が探しているのはセブンプレミアムで、あるはずのないセブンプレミアムを夢見ながら、ほとんど妥協するかのように、ファミマコレクションのポテトサラダを手に取っていた。

 こんな時、私は一瞬で背の低い女になってしまうから(※実際は三十二の男です)、「ファミリーマートに抱かれながらセブンイレブンの夢を見ている」と思い、切ない気持ちにさせられた。

 馬鹿な妄想だ。

 ファミリーマートの緑色の腕に抱かれながらも、私は目をとじてセブンイレブンのことを想っていて、「あなたとコンビに」と愛をささやくファミリーマートに、少しの重たさすら感じるのだ。一方的に「あなたとコンビに」と言われても押しつけがましいだけだし、コンビになるかどうかはこちら側で決めたいのだし、いま自分の心を支配しているのは、本当に「あなたとコンビに」と言ってほしいのは、ファミリーマートではなくセブンイレブンなのだし……。

 しかしセブンイレブンは、「セブンイレブンいい気分」と楽しそうに言っているだけで、これじゃあいい気分なのは客なのかセブンイレブンなのかも分からない始末だが、恋は盲目ということか、そういう身勝手なところ、自分で勝手に気持ちよくなっているところにも、妙にひかれてしまうのだ。

 そうして、セブンイレブンとファミリーマートの間で揺れている私のところに、第三の男としてローソンがやってきて、「あなたの街のほっとステーション」と言ってくるのだが、これは口説き文句として最悪で、「あなたのほっとステーション」じゃないのかよ、「あなたの街の」なのかよと思ってしまう。言い訳のように街を挟んでくる時点で、こんな男は恋愛対象にならない。

 こういう男は、こちらが冷たいそぶりをすれば、「いや、あなたの街のって言ったじゃん、あなたのなんて一言も言ってねえし」と言い出すに决まっている。それならば、直接「あなたとコンビに」と言ってくるファミリーマートのほうが、ずっと堂々として、男らしいのだ。もちろん本当に好きなのはセブンイレブンなのだけれど、セブンイレブンは私のことを見ていないのだし、それならば言い訳めいた女々しいローソンよりは、男らしいファミリーマートがいい。

 こうしてローソンという比較対象を得てしまった私は、ファミリーマートに抱かれている自分を正当化するようになる。振り向いてくれそうにないセブンイレブンのことを想いながら、日常的にファミリーマートに抱かれ、第三の男としてローソンのこともキープしている。

 悪い女だ。

 しかし、時は残酷に過ぎてゆく。

 曖昧な関係を続けているうちにセブンイレブンは別の女と結婚し、ファミリーマートも去っていき、ローソンもまたとっくの昔に別の女と結婚している。そして私は、「すぐそこ」と連呼する便利なだけのサンクスと結婚した自分を発見するのだ。

 その結婚生活に愛はない。私はサンクスのことを愛していないし、サンクスとの間にできた子供のことも愛していない。私の心は今もセブンイレブンに囚われたままで、日々を亡霊のように生き、毎晩のようにサンクスに抱かれながら、セブンイレブンのことを想いつづけている。むかし、ファミリーマートに抱かれながらセブンイレブンを想っていたように。

 結婚五年目の春の日。

 サンクスとのあいだにできた子供の服をたたんでいる最中、テレビから流れてきたニュースでセブンイレブンがますます業界シェアを伸ばしていることを知り、一度もセブンイレブンに抱かれていないはずなのに、まるで昔の恋人の出世した姿を見せられたようで、セブンイレブンがレジ横でコーヒーを出すようになっただとか、ドーナツまで扱うようになったとか、そんな話をきくたびに、すこし誇らしくなっている馬鹿な自分を見つける。

 いつの間にかセブンイレブンは、「むかし好きだった人」から「むかし付き合っていた人」にねじ曲げられていて、何も知らずボール遊びをする子供にテレビ画面を指差して、「本当のお父さんはこの人なんだよ」と言いたい誘惑に駆られる。いまごろサンクスは誰かに頭をさげているんだろう。あの人は愚直なだけだ。そんなことをしても、セブンイレブンに勝てるはずはないのに。

 私の人生は失敗したのだ。ほんとうに好きな人と結婚することもできず、二番手三番手の男とすら結婚できず、どうでもいい男とくだらない日々を送っている。私は余り物だ。生きている価値はない。結局一度もセブンイレブンに抱かれなかった。当然だ。セブンイレブンがこんな女を抱くはずがない。

 子供はあいかわらずボール遊びをしていた。私は洗濯物をたたむのをやめて、台所の小棚の奥からガラスの小瓶を取り出した。きっとこの錠剤が私の苦しみを終わらせてくれることだろう。瓶のラベルを見つめながら、私は心の中に最後の冷たい覚悟がおとずれる時を待った。その時、肩に手が置かれた。

 私は振り向いた。

 サンクスが立っていた。

 私は驚いて何も言うことができなかった。サンクスは私を見つめていた。仕事のはずなのに、と私は思った。サンクスは真剣な顔をしていた。やがてサンクスは口を開いた。それは「僕は知ってる」という言葉ではじまった。

「僕は知ってる。君が昔を引きずっていることも、それをいまでも忘れられないことも。でも僕は君が好きだから、ずっとそばにいる。君が振り向いてくれなくてもいい。心の中でセブンイレブンのことを想っていてもいい。ただ、僕は君と子供のためにがんばる。僕は君の一番にはなれないかもしれない。でも君が辛いときにそばにいてあげることはできる。誰よりも君と子供のために頑張ることはできる。その気持ちでは、僕はセブンイレブンにも、ファミリーマートにも、ローソンにも負けない。それが僕の誇り」

 私は台所に立ち尽くしていた。身体が震えているのを感じた。いつのまにかサンクスはガラスの小瓶を取り、中の錠剤をすべて台所に流していた。サンクスは私の肩に手を置いた。

「僕と生きよう」とサンクスは言った。

 私は、この人のことをまともに見たことはあったんだろうか。私は、業界シェアしか見ていなかったんじゃないだろうか。私はサンクスの優しさも、気遣いも、何も知らなかった。私はセブンイレブンと一緒になれなければ幸せになれないと思って、サンクスがこんなにも優しい目をしていることも知らず、サンクスのことを馬鹿にして、本当は、サンクスと結婚した自分を認めたくないだけだったのだ。

 泣き崩れる私をサンクスは抱いた。

 はじめて、サンクスに抱かれた気がした。

「あなた、仕事は?」

「いいんだ」

「でも、どうして、どうしてわかったの?」

 サンクスは微笑んだ。

「すぐそこ、って言ったろ?」

 涙は流れ続けていた。この人生をちゃんと生きよう、と思った。もう過去に縛られるのはやめよう。この人といっしょに生きよう。ボール遊びに飽きた子供が泣いている私を不安そうに見つめていた。私は子供の名前を呼んで強く抱き寄せた。

 以上です。

 いま、自分のなかでものすごくサンクスの株が上がっているんですが、セブンイレブンもファミリーマートもどうでもいいから、今すぐサンクスの店内に飛び込みたいんですが、近所にひとつもありません。というかもうすぐ経営統合で消えるそうです。

 この気持ち、どうすればいいんだろう。