真顔日記

上田啓太のブログ

エースで五番だよ!

同居人には野球の知識がない。このあいだは「エースで五番だよ!」と言っていた。非常に惜しい間違いかたをしていた。「エースで四番でしょ」と真顔で指摘しておいた。しかし本人は不満そうだった。

「五番がまんなかだから、いちばん偉いんじゃないの?」

なぜ、まんなかがいちばん偉いことになるのか。野球を知らないと自覚しているくせに妙な理屈は唱えてくるのだ。私は冷静に「三番、四番、五番がクリーンナップだから偉い、とくに四番がいちばん偉い」と雑な説明をしておいたが、「またクリーンナップとか言って!」と訳の分からない反応をされた。

「すぐ言うでしょ、クリーンナップとか!」

いきなり詰め寄られるが、私はめったにクリーンナップと言わない(大抵の人はそうだと思う)。しかし同居人からすればクリーンナップは専門用語であり、鼻もちならない言葉らしい。「すぐ言うんだよ、野球の話になると、みんな、クリーンナップとか!」と妙にキレていた。

数日後、同居人は「エースで四番だよ!」と嬉しそうに言い、学習能力を自慢するかのようにシュッと前歯を出したんだが、「よんばん」と言っていた。

「エースでよんばんだよ!」

どうしてこう、惜しい間違え方をするのか。よばんだ、よばん。その自慢げな前歯をしまえ。

定番のフレーズを間違えるというのは同居人のよくやることで、これは野球とは関係ないが、

「ふたつぶで二度おいしいよ!」

と言っていたこともあった。

普通じゃん、と思った。そりゃふたつぶなら二度おいしい。あまりにも当然の事実。

これに関しては、私がツッコむ前に、本人が「あっ……」と言っていた。ものすごく深い意味のこめられた「あっ……」だった。そして目が合った。あの時の視線に込められた情報量は凄かった。母親と赤子は視線をかわすだけで膨大な情報をやりとりするというが、ふたつぶで二度おいしいと言った直後の女と視線をかわす場合、それすら凌ぐ膨大な情報が入ってくるのである。

「あれあたし間違えたかも完全に間違えたかもふたつぶで二度おいしいっておかしいよねひとつぶで二度おいしいが正しいよねあんたコレ気づいてるよね完全に気づいてる顔だよねでも分かってるからもうツッコまなくていいから完全に自覚したから指摘しなくていいしサラッと流しといてよ聞かなかったふりしといてよマジでマジでマジで」

コンマ一秒でそれだけの情報が入ってきた。

「ひとつぶでしょ」と一応、言っておいた。

「だよね」と同居人は言った。「知ってる」

ということで、同居人の日本語はグラグラである。しかし彼女の名誉のために言わせていただくならば同居人は仕事のできる女だし、ネコの世話も欠かさないし、何より私という男を住まわせてくださっている。素晴らしい御方なのだ。たまに日本語がグラつくだけ。それは知っておいてほしい。この女がいなければ我が家は絶対に回らない。この家のエースでよんばんである。