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真顔日記

上田啓太がいろいろ書くブログ

人の行動を「回」として認識する女

居候生活

映画の予告編を見るのが好きである。とくに、ベタな映画と言って伝わるか分からんが、売れ線の映画の予告編を見るのが楽しい。予告を見るだけで大体の内容が想像されるような映画。たまにYoutubeでまとめて見る。

今日、発作的にそれをしたくなったんで、ざーっと見ていた。ベタなラブストーリー、ベタなヒューマンドラマ、ベタなサスペンス。ああベタだなあ、定型だなあと思いながら楽しんでいる。すると三十六歳女性が言った。

「たまにある、予告ばっか見る回だね」

最初、この発言の意味が分からなかった。なので私は「は?」と言った。おそらく口もトンガっていただろう。そして私の口のトンガリは三十六歳女性が見てきた中でいちばん腹のたつ突起である(らしい)から、三十六歳女性はカッとなった。

「だから、上田が予告ばっか見る回だよ! たまにあるんだよ、上田が映画の予告ばっか見る回! 年に二、三回あるよ!」

前歯をシャーと出される。これも突起である。さっきから突起ばかりですまない。

「サザエさんとかドラえもんの『回』みたいなもんだよ! 上田が予告ばっか見る回!」

このへんでようやく理解したんだが、つまり私という人間を日常アニメとして見たとき、現在の上田の行動が「映画の予告ばかり見る回」ということらしかった。

つまり、三十六歳女性は私を番組のように扱っている。今週のサザエさんはカツオが調子にのって波平に怒られる回だと認識するように、今日の上田はYoutubeで映画の予告編ばかり見る回だと認識している。

人を番組扱いするなよと言いたいところだが、わりと納得してしまう自分がいた。というのは、私と三十六歳女性は人付き合いの距離感が似ていて、どちらも他人にあまり興味がないから、二人で同じ家にいながら平気で無関係なことをしている。それでもなんとなく相手の行動は観察しているから自然とパターンは読み取ってしまう。

たしかにこの考えでいけば、三十六歳女性をひとつの番組として見ることもできる。その番組は基本的にネコ一色である。ネコ、ネコ、ネコ、ゾンビ、ネコ、ネコ、拷問、ネコ、グルメ、ネコ、グルメ、ゾンビ、ネコ、ネコ……みたいな感じか。ほのぼのとバイオレンスの両極に振れた番組構成。ラテ欄に「ニャー」しか書かれてない。たまに「ギャー」。

私の他の行動も「回」として認識できるかもしれない。たとえば、

・上田が唐突に筋トレに目覚めてスクワットをはじめる回
・上田がパンツがないと騒ぎはじめる回
・上田が一日中aikoを聴いている回(通常回)

酒を飲んだときは、

・上田が酔っぱらってゴリラを褒める回
・上田が酔っぱらってaikoを褒める回
・上田が酔っぱらって真木よう子の「よう」の部分が平仮名であることを褒める回

みたいな、面倒くさい三本だてだと認識されている可能性もある。次回予告の時点で見る気が失せるやつだ。「来週いいや、飛ばそ……」と思われているにちがいない。

頭のなかで、ナレーションされているのかもしれない。「前歯でございまーす!」という挨拶で始まって。