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真顔日記

上田啓太がいろいろ書くブログ

ポカリの怖るべき二面性

日々と思考

少し風邪をひいたからポカリを飲んでいた。いつからか生まれた習慣である。風邪にはポカリスエット。病院に行かず風邪薬も飲まない。ポカリだけでなんとかしようとする。

こう書くと無茶のようだが、実際にポカリでなんとかなる。理屈は分からない。現在の生活だと「風邪なのに無理に外出」という状況にならないから、ひたすら寝ていられるのがよいのかもしれない。とにかくこの数年、風邪はポカリと睡眠で治してきたと自負している。

風邪のときにポカリを飲むとその美味しさにおどろく。これは命の水じゃないかと思う。本当に体に染みわたるのである。冷たいポカリが喉を通った瞬間、「あ、風邪治るわ」と確信する。自販機で命の水が売られている。これが現代文明の力なのか。ペットボトルに命の水を詰めて売る企業、それがわれらの大塚製薬である。

そこまではいいんだが、私のような人間は妙な学習をする。これからはポカリを日常的に飲もうと考える。スーパー等で大きいペットボトルのポカリを買って冷蔵庫に常備しておく。これまでは水あるいは烏龍茶だったが、これからはポカリとともに生きようと決意するのである。

しかし、風邪が治るとポカリはぜんぜん美味しくない。私はこの罠に二度ほど引っ掛かり、いま、ようやく学習しはじめている。

朝、寝起きで冷蔵庫に行き、冷たいお茶が飲みたいのにポカリしかなく、しぶしぶ飲んでみると甘さにげんなりする。そのげんなり感はそのまま過去の自分への攻撃に変わる。俺は何故こんな甘くて白いだけの汁を冷蔵庫に入れているのか。馬鹿か。馬鹿なだけの昆虫なのか。

命の水から、甘くて白い汁に転落するポカリ。しかし風邪をひけば、ふたたび命の水になる。ポカリの怖るべき二面性。ちなみにウォーキング直後のポカリも完全に命の水だった。しかし寝起きのポカリに言い訳は許されない。あれは甘くて白い汁、何の取り柄もない汁、樹木の幹から染みだしてようやく納得できる類のもの。大塚製薬は甘くて白いだけの汁をペットボトルに詰めて売っている。なにがわれらの大塚製薬だ、あれは昆虫のための企業だ。

しかし風邪をひくと、またもや命の水となる。

ということで、私とポカリの関係は揺れ続けている。その二面性に翻弄され続けている。いまは健康なので甘くて白い汁のターンである。冷たい水があればそれでいい。