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真顔日記

上田啓太がいろいろ書くブログ

ネコさまの視線をいただくための踊り

ネコのはなし

ネコの写真を撮りたい! なぜならカメラというのは瞬間を永遠に変えてくれる魔法の機械だし、ネコのかわいさも永遠にしてくれるから!

そんなことを考えているのかは知らないが、三十六歳女性はひんぱんにネコの写真を撮っている。毎日毎日、ひたすらパシャパシャやっている。それぞれのネコをさまざまな角度から撮影し、たまにいいものが撮れれば御満悦である。

ネコの視線を望んだところに向けさせるために、色々工夫もしているようだ。たとえば名前を呼んでみたり、舌をチッチと鳴らしてみたり、手を叩いてみたりして、ネコの視線をもらおうとする。人間のモデルなら「視線ください」で一発だが、ネコじゃそうはいかないということだろう。

このあいだは、ネコにカメラを向けたままコンビニぶくろをカサカサやり、さらに奇妙な踊りまで踊っていたんで、さすがに呆れた。ネコの視線をもらうためなら何でもありなのか。人としての尊厳などかなぐり捨てるのか。

それは、阿波踊りから伝統を引いてアホらしさを加えたような踊りだった。左手でコンビニぶくろを持ち、上のほうでスイッスイッとやる。足はステップを踏んでいる。そんな踊りでネコの視線をあやつり、ここだというタイミングでパシャッと撮る。アホがいる、アホがいるぞ……と思いながら私は見ていた。

「むしろこれが完成型なんだよ!」

女性はそう言った。さまざまな試行錯誤の結果辿りついた、ネコの視線をもらうための最終解答。それがこの踊りらしい。どえらい最終解答があったもんである。

阿波踊り(改)の結果、二枚の「良い写真」を撮ることができたらしい。

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たしかにまあ、かわいい写真ではあるが、ネコの視線の先にはコンビニぶくろをカサカサやりながら妙な踊りをする女がいるわけで、私はそういう事情を知っているから「かわいいなあ」とはならない。「変な踊りの成果だなあ」と思う。一枚目と二枚目で視線がちがうのもコンビニぶくろの大活躍によるものだし。

古代の人々が雨乞いの踊りや死者を弔う踊りをしたように、「ネコさまの視線をもらう踊り」があるということかもしれない。ネコさまの視線をいただくためにコンビニぶくろで踊る現代の部族。それがネコ好きというわけか。気まぐれなネコさまに視線を向けていただくためなら、アホらしさを身にまとうことも厭わない。ネコさまの御写真という宝物(ほうもつ)をいただくために、みずからの自尊心を生贄にささげるのだ。

別の日は静かにネコを撮っていた。気づかれないように撮るパターンだ。ネコは関係のないところを見ている。こっそりと近づいて顔を撮る。これは私もよくやる。普通の撮りかたである。

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こういう写真になるわけだ。

だが、やはり視線がほしいと思ったんだろう。女性はポケットからコンビニぶくろを取り出して、例の踊りをはじめた。阿波踊りから伝統を引いて、ついでにIQもごっそり引いた踊りを。

ネコには酸っぱい顔をされていた。なので私は笑った。たしかに視線はもらえていたが、まったくかわいい顔ではなかった。むしろ神の怒りにふれていた。ネコさまがお怒りだった。

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ネコさまの不興を買っている。なんなんだおまえは、と思っているのかもしれない。余の前でくだらん踊りをするな、余を愚弄するのか、と思っているのかもしれない。

しかし女性は、「なにその顔! それはそれでいいけど!」と言いながらパシャパシャやっていた。ネコさまならば酸っぱい顔でもいいらしい。神の酸っぱい顔に興奮する民。かなり倒錯している。しかも神にタメ口。

ということで、この家では毎日のように女性が踊り狂っている。阿波踊りから伝統を引いて、IQも引いて、動きの美しさも引いて、ネコへの敬虔な気持ちだけをぎゅうぎゅうに詰め込んだ踊りを。