真顔日記

上田啓太のブログ

aikoのこなこなを絶賛する男

ひとつの音楽を執拗に再生していると注目するところはどんどん細かくなってゆくもので、最初は素朴に「aikoいいよね」だったのが「aikoのあの曲いいよね」になり、「aikoの十枚目のアルバムの序盤の流れいいよね」になり、とうとう現在は、

「aikoの『くちびる』って曲の『いつも声きくと胸が粉々になる』のところで、aikoが粉々を『こなこな』って読んでるのいいよね」

とか言い出すことになっている。

非常に細かい。

ということでaikoの話なんだが、『くちびる』という曲の「いつも声きくと胸が粉々になる」をaikoが「こなこな」と歌っているのに毎回しびれる。こなごなじゃなく、こなこなである。たしかに「あなた」の声を聴いたとき、胸はこなこなになっている。私はこれまで胸はこなごなになるものだと思っていた。aikoによって濁点などいらないと教えられた。馬鹿な男だった。なぜ濁点などつけていたのか。

なぜ濁点などを!

そういった主旨のことを私は唯一の話し相手である同居人に言うわけだが、返ってくる反応は「へえ」であり、これは古来より、人類が興味のない話をされた時に吐きだす二文字である。

しかし、これは自分が悪い。下の名前をローマ字にする女全般を拒絶している同居人なんだから、「aikoいいよね」の時点で同意を得られていないわけであり、そんな相手に「aikoのこなこないいよね」と言っても同意が得られるわけがないのである。

ところで、aikoは切なさの演出として歌い出しにブレスを挿入することがある。歌い出す直前にスッと息を吸うのである。これはヘッドホンで聴いているとよく分かる。

そして、現在のように日常的にaikoを聴き続け、何度も胸を締めつけられ、aikoによる感情記憶が幾層にも積み重なった状態では、この「スッ」だけで過去に聴いた全楽曲の切なさが体じゅうにパーッとよみがえって、膝から崩れ落ちそうになる。感極まって立ってられない状態になる。「う、う、うわああぁ~」という感じになる。

しかし、同居人に「aikoがスッと息を吸うところで過去に聴いてきたaikoの曲の切なさが一気にフラッシュバックして膝から崩れ落ちるよね」と言っても、返ってくるのは「は?」であり、これは古来より人類がイラついた時に吐きだす一文字である。

要するに、「aikoいいよね」すら飲み込んでいない相手に無茶な同意を求めても仕方ないということなんだが、では、「aikoいいよね」を飲み込んだ相手ならこの話に同意するのかといえば、それはそれで疑問である。つまり、何かの拍子に私がaikoファンと出会い、「aikoっていいですよね」と言われた時、すぐさま身を乗り出して、

「ですよね! 『いつも声きくと胸が粉々になる』の粉々を『こなこな』って読んでるのとか最高ですよね! あとaikoのスッで過去に聴いてきた全楽曲の感情記憶がいっせいに全身を貫いて膝から崩れ落ちますよね! ハイ握手!」

握手するのか、こんな男と。

aikoのファンに会ったことがないから、そのへんはわからない。

とにかく私はaikoが粉々をこなこなと読むのに毎回しびれているし、aikoのスッで感極まって立っていられない状態になる。こなこなからのスッで「うわあぁ~~!」と絶叫している。

そして、そんな私を見つめながら同居人は直立不動の仁王立ち、その顔は不動明王像のようになり、右手に握りこぶし、左手にネコの写真、背景には炎が燃えさかり、ギラギラ輝く怒りの前歯、その口から飛び出すのは、「マジうるさいよ!」からの、「出てってもらうよ!」である。

心がこなこな。

 

時のシルエット (通常仕様)

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