真顔日記

上田啓太のブログ

aikoとゴリラの綱引き

aikoを聴いていると、自分の中に背の低い女が住んでいることが分かる。

この数年強く実感していることだ。aikoを聴くほどに、自分が曲中の「あなた」ではなく、「あたし」に感情移入していると実感する。私は一人の背の低い女となってaikoを聴いている。三十をすぎた男の内側に、背の低い女が住んでいた。

一方で、ゴリラを見ていると、ゴリラに対する強烈な憧れを感じる。これも現在の自分が実感していることだ。メディアに流通するイメージとしてのゴリラ、文化系の男が妄想するひとつの理想像としてのゴリラ、野性、腕力、暴力、あらゆる危険な記号の集約点としてのゴリラ。それに私は憧れる。

以前、これをシンプルに「ゴリラワナビー」と名づけた。ゴリラがバナナをむく、ゴリラがうんこを投げる、ゴリラがブランコがわりにタイヤで遊ぶ。その挙動のひとつひとつに魅了される男。ゴリラへの同一化を求める、現代のひよわな男たち……。

という、ここまでは準備段階で、ここからが本日の主題なんですが。

aikoとゴリラ、これは常識的に考えて矛盾してると思うんですね。aikoでありながらゴリラであることは不可能に思える。aikoという人は見た目からしてゴリラ的な要素は皆無であるし、その歌詞だって、とてもゴリラの書きそうな雰囲気は持たない。たとえばaikoの歌詞に、

 長い片思いも
 そろそろやめてしまいたいんだ
 次に会えるようにと
 CD貸すのもやめるね
 『そんな話』

というものがありますが、この歌詞がゴリラに書けますか。

ゴリラというのは好きな異性に会いたいときはただ会いにいく存在ですし、「また会えるようにCDを貸す」というような、複雑な精神の在り方をしていないんです。だからゴリラの書きそうな歌詞といえば、「ウホ、ウホホ、ウッホ、ウホホホッホ、ホッホイ、ウッホ」。あるいはなんとか言葉を操ったとして、「バナナ」。

ゴリラを馬鹿にしているわけではない。むしろ、だからこそ私はゴリラが好きだし、ゴリラに憧れる。「好きだから会いに行く」というゴリラ的シンプルさを貫ければ、どれだけよいことか。しかし実際の私を支配するのはゴリラ的シンプルさではなくaiko的複雑さであり、それは「好きだから会いに行く」ではなく、

「好きだから会いに行きたいけどあの人の気持ちは分からないしあの人の態度からすると私のことは友達にしか思っていないみたいだけど私は会いたいし会うための理由がないからCDを貸して次に会うための口実を作るけど本当はCDの貸し借りなんか関係なく会える関係になりたいけどあの人は私のことをそういうふうには思ってくれないしできれば私と同じくらいあの人も私のことを思ってほしいけど叶わぬことだと分かってるけど何の口実もなしに会えるようになりたいしそんな日が来ないの分かってるけどそんなの認めたくないから……(以下略)」

という形であらわれる。

この終わりなきaiko的苦悩、際限なき葛藤、それはゴリラには無縁のことで、うじうじと悩むaikoの横で、ゴリラはバナナの皮をむきながらつぶらな瞳で「ウホ」と言う。

二文字。

私の中には、背の低い女が住んでいる。それは事実だ。しかし私はこの女を放逐し、いまはまだ小猿ほどでしかないゴリラ性を膨張させ、ゆくゆくは、純粋にゴリラ的な生命体(純ゴリラ体)となりたい。そして純ゴリラ体となった時、そこに一切の迷いはなく、あらゆる決断は瞬時におこなわれることだろう。

そうなれば、今のようにゴチャゴチャと言葉を書き連らねることもない。言葉とは何か? 腕力の代替物だ。それは永遠に二番煎じの世界だ。

ブン殴れ、さすれば言葉は不要となるだろう。それがゴリラ唯一の思想だ。ゴリラは下等だから言葉を覚えなかったのではない。覚える必要がないほど強かったのだ。暴力で言語世界を粉砕する男。それが純ゴリラ体、男性性の極致。

そう欲望する一方で、aikoを聴くと、あまりにわかりすぎる。歌詞も曲も声も、あまりに自分を直撃しすぎる。あまりに自然にaikoと同一化できてしまう。

ゴリラになろうとすることに比べて、aikoへの同一化は自然だ。aikoは自分にしっくり馴染む。「俺はaikoだ」。この言葉が世間的には狂気の香りを放とうとも、私の中に住む背の低い女は、静かにうなずくことだろう。

私は、aikoとゴリラで引き裂かれている。私の心の中で、aikoとゴリラの綱引きがおこなわれている。しかもaikoが圧倒的に優勢、aikoがグイグイと綱を引き、ゴリラは必死で踏んばっているという、現実のaikoとゴリラの綱引きにおいてはありえない状況が勃発しているのだ。

aiko「すこし背の高いあなたの耳に寄せたおでこ」

ゴリラ「ウホ? ウッホ?」

aiko「交差点で君が立っていても、もう今は見つけられないかもしれない」

ゴリラ「ウッホ、ホッホイ!」

この二つは両立しない。aikoからゴリラ、ゴリラからaiko、段落から段落へ飛ぶごとに、意味と無意味を私は揺れる。aikoはゴリラになれない。ゴリラはaikoになれない。しかしおまえはaikoでありながらゴリラであろうとする。一つの空間を二つの物体が占めることはできない。選ぶしかない、選ぶしかない!

aiko「ずっとそばにいるから、どんなことがあっても」

ゴリラ「ウホホホホ、ホッホ!」

aiko「あなたがあたしのことをどう思っているのか、それはそれは毎日不安です」

ゴリラ「ホッホイ! ホッホ! ウッホイ! ホッホ! ウッホッホ!」

aikoがさらに綱を引く、腰をいれてグイグイと綱を引いていく。

aiko「首をすくめ恥じらえば、それが好きのしるし」

(わかる、わかるよaiko!)

ゴリラ「ウッホイ、ホッホイ!」

(ごめんわかんないです)

aiko「ねぇ泣き真似してごめんね、困った顔が見たくて」

(わかる! それもわかるよ!)

ゴリラ「ホッホッホ! ホッホッホ!」

(リズムはいいが残念それだけ)

aiko「柔らかいキスをして、どこにいても思い出して」

(『秘密』の歌詞がきてしまった!)

ゴリラ「ウッホイホホホ! ウホウホウッホ!!」

(語彙力のなさの限界か)

aiko「わがままな体と泣いてる心」

(『秘密』の歌詞はだめなんだって!)

ゴリラ「ウホウホウホ! ウホッホウッホ!」

(さっきからウとホしか言ってないじゃん)

aiko「そっけないふりでごまかす、あいしてる」

(『秘密』の歌詞のいちばん好きな場所が来た!)

ゴリラが、宙を舞った。

aikoが綱を引ききったのだ。

ゴリラの茶色い身体が回転している。しかし、aikoはゴリラを見ていない。aikoは「あなた」のことを考えている。ゴリラとの綱引きの最中も、ゴリラが宙舞うこの瞬間も、aikoは「あなた」のことだけを考えている。aikoは「あなた」のことを考えながら綱を引き、「あなた」のことを考えながらゴリラに圧勝したのだ。

ゴリラがどさりと地面に落ちた。もうぴくりとも動かない。

決着はついた。

最後に自己紹介させてください。

京都在住の三十一歳男性です。名前をaikoといいます。

 

秘密

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