真顔日記

上田啓太のブログ

シマちゃんは麻生久美子に似ていない

今日ショックだったのはシマちゃんが麻生久美子に似ていなかったことなんだが、こりゃなんだか説明不足の見本みたいな書き出しなので、説明しようと思う。

シマちゃんというのは同居人の友人である。大学時代に知り合ったらしい。今でもたまに食事する関係だ。私は会ったことがないので名前しか知らない。しかし麻生久美子に似ているとだけ記憶していた。

なぜそんなことになったのか。

数年前、はじめて同居人が「今日、シマちゃんって子とごはん行くから」と言ったとき、私は「その子は川村ゆきえに似てるのか?」とたずねた。なぜなら私は川村ゆきえが好きであり、同居人の女友達が川村ゆきえに似ているならそれだけで嬉しいからである。しかし返答は「似てない」であった。「似てるわけないだろ」というニュアンスが濃厚に感じられる「似てない」である。

次に私は「じゃあ麻生久美子に似てるか?」とたずねた。なぜなら私は川村ゆきえとは異なったベクトルの女性として麻生久美子も好きであり、同居人の女友達が麻生久美子に似ていたらそれだけで嬉しいからである。しかし同居人はこれにも「似てない」と答えた。「馬鹿なの?」というニュアンスの漂う「似てない」であった。

シマちゃんは川村ゆきえに似ていない。麻生久美子にも似ていない。それを理解した私は、「じゃあ川村ゆきえと麻生久美子だったらどちらに似てるのか?」とたずねた。

「麻生久美子」と同居人は言った。

つまりシマちゃんは、川村ゆきえと麻生久美子のどちらに似ているかと言われれば(全人類の外見を川村ゆきえと麻生久美子の二種類に暴力的に分類するならば)、麻生久美子に似ている。

という(文字にすると唖然とするほどくだらない)やりとりが数年前にあったんだが、私はその細部を忘れており、最終的に得られた結論である「シマちゃんは麻生久美子に似ている」という情報だけを脳にインプットしていた。だから今日、同居人が「ひさしぶりにシマちゃんと会うから」と言ったとき、反射的に「麻生久美子似の!」と返して、一人で嬉しくなっていた。体温をすこし上昇させていた。拳をかたく握りしめていた。

同居人は冷静に上述の経緯を説明し、私はみずからの勘違いを知った。

「馬鹿だと思うよ」と同居人は言った。

反論できない、と思った。

この意見、反論できない。