真顔日記

上田啓太のブログ

三十一歳女性は今日から三十六歳女性です

あらためて書くが、私は2010年から女性宅に居候している。

この日記では同居人のことを「三十一歳女性」と呼んでいるが、このところメール等で頻繁に指摘されるのが、「どれだけ過去ログをさかのぼっても三十一歳女性が三十一歳女性のままだが何なのか。どういうつもりなのか」というものである。

これは当然の疑問で、通常の人間は一年ごとに年をとるはずなのに、三十一歳女性は何年前の日記でも三十一歳女性と書かれている。正確に言えば2010年9月の初回の日記から三十一歳と表記されている。これは何なのか。三十一歳女性は永遠の三十一歳を言い張るタイプの女なのか。永遠の十七歳ならまだしも、なぜ三十一歳という中途半端な年齢で永遠を唱えはじめたのか。そのタイミングで永遠を言い張ってどうなるのか。

説明しておきたい。

「三十一歳女性」というのは日記開始当初に便宜的に呼びはじめた名称だった。当時は本当に三十一歳の女性だったからそう呼んでいた。しかし呼んでいるうちに、私および当時の読者のあいだで、これが固有名詞のように扱われはじめた。なので2011年の春、私は「三十一歳女性」を固有名として使うことに決め、日記に書いた。

しかし、それから四年も過ぎた。誤算だったのはこの日記が妙に長く続いたことで、さらにいえば居候生活が異常に長く続いたことである。実年齢との間にズレが生じすぎてしまった。

ということで、本日から実年齢に合わせて「三十六歳女性」と呼ぶことに決めた。あるいは単純に「同居人」と書くことも増えるかもしれない。これなら年齢が入っていないので永遠に使うことができる(永遠に居候すんのかという話だが)。

ついでに、三匹目のネコである「セツ氏」を「セツシ」と表記することにしたい。というのも、ネットのネコブログ界(そういうものがあるんです)には、すでに「セツ氏」という有名な白ネコがいるらしいんですね。見事に丸かぶりしている。なのでセツシと表記することにします。

以上、まとめると、

・三十一歳女性は次回から三十六歳女性になります
・セツ氏はセツシになります(こちらは過去記事も修正しました)

そんな感じです。

ちなみに、日記開始時に二十六歳だった私は今じゃ三十一歳です。三十一歳女性の家に住みこんでいたはずが自分が三十一歳男性になっている。何が恐ろしいって時間ほど恐ろしいものはないということですね。

二十代後半を居候として過ごして分かったことは、これだけの時間を居候として過ごすと、自分は生まれた時から居候だった気がしてくることですね。それ以前の記憶は前世のようなリアリティのないものになっている。

しかしまあ私に言えることは、結局のところ人はみな地球という惑星の居候だということです。その点においては誰も変わりません。八十年ほどの生涯を地球の居候として過ごすのが、人類という種なのです。こういう糞みたいな理屈を言うから居候生活が終わらないんでしょうね。