真顔日記

上田啓太のブログ

あまりにも惜しいスーパーの店員

近所のスーパーに、新しく若い男の店員が入ってきた。

この店員の接客ぶりがすばらしく爽やかである。外見もいかにもな好青年で、サラサラの髪を中央で分けている。私はそこらへんほとんど主婦みたいなものだから、どうせなら爽やかな男に接客されたいと思い、そちらの列に並ぶ。多少人が多いように見えても気にしない。

しかし、ひとつだけ欠点がある。この男、最後の最後でいきなり接客が雑になるのである。あの爽やかさは天性のものではなく、意識的集中によって生み出されているのだろう。そして一人の客を接客し終えた瞬間、正確にはその数秒前に、集中が切れてしまうらしい。

レジ台にカゴを置いた時の反応は爽やかである。商品にバーコードリーダーを押しつける手つきも爽やか、「お会計1025円です!」も「5円のお釣りです!」も爽やかである。なのに私がレジを去るとき、うしろから聞こえてくるのは「ありがとごじゃべろバァ~ン!」という声なのだ。

ほんとうに惜しい。日本でも有数の爽やかな接客を、最後の最後でみずからだいなしにしている。あと数文字ですべてが美しく完結するじゃないか。「ございました」に、いや「ざいました」にちゃんと神経を行き渡らせれば、その爽やかさは日本でも五指に入るのに、どうして集中を切らしてしまうのか?

次の客への接客ぶりを観察した。

あいかわらず爽やかだった。笑顔も完璧、姿勢も完璧、おばさんの頬は心なしか紅潮しているのではないか。青年は代金を受け取って、お釣りとレシートを渡す。おばさんがレジを後にする。声が響く。

「ありがとごじゃべろバァ~ン!」

観察によって理解した。「ありがとご」まではおばさんに視線をやっているが、そこで次の客に身体を向ける。一人の客と次の客のあいだのわずかな時間、集中が切れ、「じゃべろバァ~ン!」という言葉が飛び出すようだ。

流れで説明しておく。

A-1.客Aを接客

A-2.「ありがとご」(客Aを向いている)

A-3.「じゃべろ」(上体を客Bのほうに動かすため、発話への意識が薄れる)

A-4.「バァ~ン!」(発話への意識ゼロ。もっとも致命的な部分)

A-5.「いらっしゃいませ!」(客Bに笑顔を向け、爽やかな接客を再開)

B-1.客Bを接客

B-2.「ありがとご」(先ほどと)

B-3.「じゃべろ」(まったく同じ過ちが)

B-4.「バァ~ン!」(繰り返される)

B-5.「いらっしゃいませ!」(客Cに爽やかな笑顔を向ける)

以下、客C、D、E……を相手に過ちを繰り返す

原因は分かった。つまりこの店員は、客と客の狭間の数秒、みずからの集中が切れていることを自覚し、そこに意識を行き渡らせればいい。それだけで何の文句もない完璧な接客となる。

むろん、現状でも圧倒的に爽やかではある。しかし、だからこそ惜しいのだ。それに私は原因を見極め、改善案も手にしている。私の提案で彼は完璧な爽やかさに到達することだろう。

だが、ここで思考は止まる。どうやって本人に伝えればいいのか? ここまで書いてきたようなことを本人に直接言うのか? あなたの接客はいつも最後で無惨に崩壊しているから、以後、意識して直してくれないかと? そんなことをいきなり本人に言えるか? あまりにも唐突ではないか?

投書ボックスに入れればいいのか?

こういう時のために投書ボックスはあるのか?

レジ担当の〇〇さんへ

私は日々、あなたの接客から非常に力をもらっている。私だけでない。この店をおとずれる主婦たちはみんなあなたのことが好きだ(私は主婦じゃないが)。だからこそ言わせてほしい。あなたの言葉は、いつも最後の五文字で崩壊している。突然こんなことを言われて不快に思うかもしれない。しかし私は解決策を用意することができた。すこしの意識を変えることで、あなたの接客は完全な爽やかさに到達することができる。鍵は客Aと客Bの間のわずかな油断。よければ下記の番号に電話してみてほしい。

 TEL:〇〇〇-〇〇〇-〇〇〇

いつもあなたの接客に元気づけられている名もなき紳士より

 自分で言うのもなんだが、これは途轍もなくキモイ。

こんなキモイ投書は見たことがない。もし自分がこんな投書を受け取った日には、絶対に文章の内容など頭に入ってこない。レジに立つのが怖くなるだけだ。

私には見える。あの店員がバックヤードで投書を読みながら顔面蒼白となり、足をがくがくと震わせはじめ、「キモごじゃろべろバァ~ン!」と絶叫する姿が。