真顔日記

上田啓太のブログ

怪談『ピザの幻臭』

私は心霊体験をしたことがない。一度くらい幽霊でも見えないもんかと思うが、まったくもってさっぱりだ。そして一方の同居人は、「ちょっとだけ霊感がある」らしい。人生で二回だけ奇妙な体験をしたことがあるというのだ。

ひとつは彼女が二十代の頃で、大通りの横断歩道を歩いていたら何者かに足首をつかまれた。おどろいて反射的に振りほどき、地面を見ると何もいない。あわてて横断歩道を渡り終えた。瞬間、耳元で子供の声が聞こえた。

「ばいばい」

これはけっこう怖いと思った。話としてもよくできていて、だから作り話じゃないのかとも思ったんだが、本人は絶対にあったと言い張っている。しかしまあ、これは今回はどうでもいい。

問題は二つ目の体験なのである。『ピザの幻臭』という話なんだが、こっちがよく分からなかった。幻視でも幻聴でもなく、幻臭(げんしゅう)。私はそんな言葉があることすら知らなかった。女性の話をもとに文章化したので読んでみてほしい。

 *

高校生のころ、奈良の実家から大阪の高校まで電車通学をしていた。

ある日、地元の駅のホームに降りると奇妙なことが起きた。強烈なピザの臭いが鼻をついたのだ。おどろいてあたりを見回した。普段と変わらない駅のホームだった。どこにもピザ屋などない。誰か近くの人がピザを持っていたんだろうか?

改札を抜け、いつもの道を歩き、家に帰った。玄関を開けると母親が言った。

「あら、おかえり。今日はピザをとったわよ」

その後も、何度か似たことがあった。いつも同じだった。電車から降りた瞬間、ホームで猛烈なピザの臭いを感じる。周囲を見てもピザらしきものはない。困惑したまま駅を出る。そして家に帰ると、母親がピザを取っている……。

高校を卒業すると、電車通学もなくなった。

以来、一度もピザの幻臭を体験していない。

 *

という話なんだが、これを聞いた私の感想は、「どんだけピザ好きなんだよ」であり、なんというか、別に怖くなかった。不思議な話ではあるが、怖くない。むしろ笑える。バカバカしいと思う。みなさんはどうか知りませんが。

話の構成としては、やはり帰宅時の母親のセリフ、「今日はピザをとったわよ」が肝だろうし、ここで聞き手はゾワッとなる仕組みなんだろう。同居人も語りながら非常にそれを意識していたようだった。

しかし私は、「は?」となった。

どうも、怪談とピザの相性は最悪なのではないか。もっとも怪談にふさわしくない食べ物はピザなんじゃないかと思う。

例えば、「皿屋敷」において女の幽霊が皿のかわりにピザの枚数を数えていた場合、それは怪談として成立するか。幽霊がひときれつまむたび、熱々のチーズがとろりと伸びる。そのビジュアルほど、恐怖から遠いものはないのではないか。タイトルも「ピザ屋敷」になるだろうし。

ちなみに同居人によれば、そうして出てきたピザの味は、

「すごく……美味しかったよ……」

ということで、本人は怪談のトーンを守ったまま神妙なおももちで喋っていたが、やっぱりこれは怖い話じゃなくて、「ピザ好きが妙な超能力に目覚めた話」じゃないですかね?