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真顔日記

上田啓太がいろいろ書くブログ

下鴨神社に「さざれ石」があった

天気がよかったので、下鴨のあたりまで散歩に行った。

下鴨神社で巨大な石を見つけた。看板に「さざれ石」と書いてあった。これに私はおどろいた。さざれ石って、あのさざれ石でしょう。君が代でおなじみの石、「さざれ石の巌となりて苔のむすまで」のさざれ石、確実に日本でいちばん有名な石である。

正直なところ、私は実在する石だとすら知らなかった。神話的な存在だと思っていた。そんな石に徒歩圏内の神社で出会える。これだから京都はたまらない。有名人でも目撃したような気分となり、さっそくスマホを取りだした。

これまで、有名人にカメラを向ける人々を見るたび、何をそんなに興奮することがあるんだと思っていたが、さすがにさざれ石は撮ってしまう。有名人では興奮しない自分も、有名石だと興奮してしまうようだ。恥も外聞もなく、スマホを向けてパシャパシャやった。「こっち向いてくださーい!」とかは言わなかった。どれが顔なのか分からなかったので。

これが写真である。

saza

立派ですね。

というところで話が終われば、私は上機嫌で皿うどんでも食べながら一日を終えることができたんだが、帰宅後に色々と調べたところ、見事に冷や水をぶっかけられた。

第一に、さざれ石は別に京都の下鴨神社だけにあるのではない。日本各地にある。そもそもが「細かい石」という程度の意味であり、固有名詞ではない。

第二に、君が代で歌われているさざれ石は、岐阜県揖斐川町の石を指す。

春の陽気に浮かれていた私は勝手に色々と勘違いしたようで、下鴨神社にあるさざれ石が唯一のさざれ石であり、君が代に歌われているさざれ石のことだと思いこんでしまったらしい。これはなかなかに恥ずかしい。スマホまで向けてしまった。本人だと思い込んで、有名人のそっくりさんをパシャパシャ撮っていたようなもんである。イチローだと思ってニッチローを撮っていたようなものだ。

脱力ですね。

ということで、今日の日記は終了、私は今から皿うどんを食べてフテ寝する予定だが、「イチローだと思ってニッチローを撮っていたようなもの」という表現は引っかかる。ニッチローというタレントの知名度はどれくらいなのか。あまり高いとは言えないのではないか。

代替案をリストアップしてから皿うどんを食べたい。

  • 長嶋茂雄だと思ってプリティ長嶋を撮ったようなもの
  • アントニオ猪木だと思ってアントニオ小猪木を撮ったようなもの
  • 清原和博だと思ってリトル清原を撮ったようなもの
  • 長渕剛だと思ってミニミニ長渕を撮ったようなもの
  • 松田聖子だと思ってまねだ聖子を撮ったようなもの
  • 本田圭祐だと思ってじゅんいちダヴィットソンを撮ったようなもの
  • 長州力だと思って長州小力を撮ったようなもの
  • タモリだと思ってコージー富田を撮ったようなもの
  • 明石家さんまだと思って原口あきまさを撮ったようなもの
  • 宇多田ヒカルだと思ってミラクルひかるを撮ったようなもの
  • アントニオ猪木だと思って春一番を撮ったようなもの
  • 石原裕次郎だと思ってゆうたろうを撮ったようなもの
  • ビートたけしだと思ってビトタケシを撮ったようなもの
  • 真木よう子だと思って巻貝よう子を撮ったようなもの

だめ、もうものまねタレント出てこない。

しかも最後の巻貝よう子、私の勝手な創作だし。