真顔日記

上田啓太のブログ

足元キュピキュピの男

六年ほど同じ靴を履いているんだが、いいかげんに限界が訪れた。歩くたびに妙な音がする。

最初は雨の日だけだった。濡れたアスファルトを踏むたびに、「クピッ!クピッ!」と音がした。三才児の足から出ないと許されないような、やたらと媚びたような音だった。ずいぶん恥ずかしかったが、雨の日だけなのでほっておいた。

しかし今日、散歩中、空は晴天だというのに、とうとう音が鳴りだした。「キュピッ!キュピッ!」と鳴りだした。最悪だった。媚びの度合いも、「クピッ」から「キュピッ」へ、微妙にバージョンアップしている。これでは、すれちがうすべての人間に媚びながら散歩することになってしまう。

普通に歩くとき、まあ、真面目な顔をしているわけだが、足元からこんな音がしていては、真面目な顔をするほど馬鹿に見える。もっともらしい顔で歩いたところで、一歩進むごとに「キュピッ!」と鳴るのだ。右足を踏み出してキュピッ! 左足を踏み出してキュピッ! 右足キュピッ! 左足キュピッ! 右足キュピッ! 左足キュピッ!と、ほら、5秒で6回も恥ずかしい音が出た。これじゃあ、真面目な顔など即座に台なし。とても散歩などできやしない。

切り上げて帰宅しようかと思ったが、その時、前方から幼稚園くらいの小さな子供が歩いてきた。そして驚いたことに、なんと、その子供も足から「クピッ!クピッ!」という音をさせていた(バージョンアップする前の私の音と似ていた)。

むろん、子供はだめになった靴を履いてるんじゃなく、音の鳴るズックを履いているんだが、私が思い知らされたのは、子供の足元から出るこの音の、なんと自然なことかということだった。

幼児は、キラキラした目をしながら、あちこちにきょろきょろと視線をやり、とたとたと歩き、クピクピと音をさせている。そのどこにも不自然なところはなかった。一瞬一瞬を祭りに生きる幼児においては、足元で鳴る音も、ひとつの祭りばやしのように機能するということか。

要するに、態度の問題なのだろう。足元から音が出ることにふさわしくない態度で歩いていた私だから、これだけ馬鹿みたいな存在になる。逆に子供のような存在にとっては、足元から何も鳴らないほうが不自然なほどだ。

私も、音に合わせて態度を変えればよいのかもしれない。真面目な顔だから違和感が出るのだ。もっとひょうきんに、ひょっとこのように口をとんがらせ、目はクリクリのどんぐりまなこ、手を阿波踊りのようにスイッスイッと動かし、一歩進んで二歩下がり、二歩進んで一歩下がる。そんな動きをしていれば、足元から鳴る「キュピッ!キュピッ!」という音も不自然ではなく、頭のてっぺんから爪先までひとつの意味に統一され、あの子供のように、あるがままの自然な存在となるのかもしれない。

そんなわけないだろう。