真顔日記

上田啓太のブログ

幽霊妄想への対処法

たまに、幽霊が怖くて仕方なくなる。

私は心霊的なものを信じるたちではないが、それでも特定の状況では恐怖に支配されてしまう。例えば去年の大晦日、三十一歳女性が実家に帰り、私は一人で年を越すことになった。すると現在住んでいるこの家、木造の平屋で、なかなか年季の入ったこの家は、いかにも怪談の舞台のように思えてくる。

それでも生活はしなければいけないから、深夜の一時にシャワーを浴びる。身体を洗いながら、「ドアの向こうに何かいるかもな」という考えが、ヒョイッと頭に忍び込んでくる。そしてすぐさま、爆発的に広がりはじめる。幽霊妄想の始まりである。

風呂のドアを開けると、血まみれの女が立っているかもしれない。白装束を着て、長い黒髪を持った、血まみれの女が、恨めしそうにこちらを睨んでいるかもしれない。そんなふうに妄想は膨らむ。まったくベタなイメージではあるんだが、恐怖に支配されているから笑う余裕もなく、シャワーを浴びながら怯え続けるわけである。

こんな時の対処法。

「幽霊のことを考えちゃダメだ!」という方向に舵を切っても意味はない。「考えるな」と思うほど、人はそれについて考えてしまう。心理学の初歩である。「幽霊なんていない! バカバカしい!」も同じく意味がない。妄想に支配されている状態でそれを否定しても、火に油を注ぐことにしかならないからだ。

では、どうすればいいのか? 私は次のように対処した。「白装束を着て長い黒髪を持った血まみれの女がこちらを見ているかもしれない」という妄想は残したまま、「それは川村ゆきえかもしれない」と付け足したのである。

これだけでも、恐怖は少し和らぐ。Youtubeで見た川村ゆきえの水着姿が自然と想起される。ちょうど川村ゆきえは長い黒髪を持っているので、イメージのずらしもスムーズに行える。しかし「血まみれ」の部分は残ってしまい、いくら川村ゆきえでも血まみれだと怖いな、という問題がある。

そこで「血まみれ」を「ひざにすり傷がある」にずらす。血のイメージを残しつつ、それもスライドさせるわけである。これで「白装束を着た長い黒髪の川村ゆきえがひざをすりむいている」に変わる。ついでに「白装束」も「白いナース服」にずらしてしまおう。

ここまでずらした頃には別の妄想が起動しており、幽霊のことは頭から消えている。ドアの向こうでは、ナース服をきた川村ゆきえが膝をすりむいているわけだから、これは怖いというよりも、嬉しい。ドキドキする。ちょっと緊張もする。川村ゆきえとは初対面だから。

ナースなのに膝をすりむくなんて、まさに医者の不養生だな、と思う。この言葉はなかなか気が利いているな、と思い、川村ゆきえに言ったらウケるかもな、と思う。川村ゆきえは医者の不養生ということわざを知らないかもなと思い、それは川村ゆきえに失礼かもなと思う。そもそも意味が分かってもウケるとはかぎらないよなと思い、そこまで気の利いた言葉でもないかと思う。とにかくシャワーは終わらせて部屋に戻ろうと思い、この家ってマキロンあったかな、と心配する。

幽霊に怯えていた自分は、すでに彼方へと消えている。

この方法の唯一の欠点

ドアを開けてみると、川村ゆきえはいない。

この時、ものすごくガッカリする。これがこの方法の重大な欠点である。リアルに思い描いているほど、ガッカリの度合いも大きい。軽く死にたい気持ちになる。だが、幽霊妄想は消えている。みなさんも自由にこの方法を使えばよい。