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真顔日記

上田啓太のブログ

ケンケンパと子供の凄み

子どもの頃、ケンケンパという遊びをしていた。

あの遊びが全国区なのか、私の地方限定のマイナーな遊びだったのか、それを調べることはしないが、馬鹿みたいにずっとやっていた。ケン・ケン・パッパッ・ケン・パッパと言いながら、地面に描かれた円にあわせて飛び跳ねるわけだが、あんなもの、なにが面白かったのか。酒を飲むほうがずっと楽しいではないか。

しかし、それは大人の悪いところ、なんでもかんでもアルコールに結びつけちゃあ、話にならない。それに、酒を飲むには金がかかるが、ケンケンパには一文もいらない。それが何よりも素晴らしいことでしょう? ケンケンパと言うだけで楽しくなれるんだから。

子どもの頃は縄跳びもしていたが、あれもずいぶん色々な飛び方があったでしょう。二重飛びだとか、三重飛びだとか、ハヤブサだとかコンドルだとか、いかにも子どもらしいカッコイイ名前で呼んで、楽しんでいましたよ。シラフなのにかなりテンションも高かったと記憶しています。

酒を飲まないとテンションが上がらないなんて、そもそもが不健康でしょう。子どもは半ズボンを履いて、隙間から金玉まで飛び出させて、元気よく走りまわっているんですが、あれって全員シラフらしいですよ。何かが間違っていると思いませんか。

ケンケンパも縄跳びも、飛び跳ねるところに共通点がある。これは大人が日常でまったくやらないアクションなんです。大人が飛び跳ねている姿など、めったに見られるものでない。しかし子供は暇さえあれば飛び跳ねている。

このあいだ、三十一歳女性とスーパーに行った際、アイスコーナーの前で「ピッ!ピッ!ピッ!」と叫びながら飛び跳ねている男児を見た。「ピッ!」と言うと同時にジャンプすることを繰り返していた。もちろん周囲の目など一切気にしていない。

それで私と三十一歳は感動してしまって、「すごいね」「すごい」「ほんとすごい」「マジですごい」と、しばらく二人とも「すごい」しか言えなくなっていた。それほどあの子供はすごかった。あそこまで徹底的に意味がなく、純粋に運動体でしかない存在をひさしぶりに見たものだから、言葉を操ることが馬鹿馬鹿しくなってしまいましたよ!

帰り道、私はあの少年への憧れを抑えきれず、あたりに人がいないことを確認してから、「ピッ!ピッ!ピッ!」と飛び跳ねてみましたが、三十一歳女性は即座に「やめて!」と言うし、私も背中にヘンな汗が流れるのを感じるし、買ったばかりの卵が割れないように気を遣っているからジャンプに何の勢いもないしで、とてもあの少年の美しさ、気高さ、崇高さは再現できませんでした。そこにあるのは、半端な大人の半端な悪ふざけだけでした。