真顔日記

上田啓太のブログ

酔うとゴリラの話ばかりしてしまう

どうも私は酒を飲むと、すぐにゴリラの話をするらしいんですね。

これは同居女性に指摘されたことなんです。酔った上田は異常にゴリラの話をする。悪酔いするほどゴリラの話が多くなるとまで言われている。正直に言って、これは納得がいかない。

たしかに私はゴリラに好意を持っていますが(特定のゴリラではなく、ゴリラという生き物全体にです)、だからといってゴリラについてアレコレ話ができるとも思えない。たとえば、ゴリラの学名がゴリラゴリラだとか、そういうちょっと笑ってしまうようなやつなら知っていますが、これも手垢のついたトリビアだって感じがしますよね。

「いや、だから同じことばっか言ってるよ。壊れた機械みたいなもんだよ、かなり面倒くさいよ」

女性によれば、「ゴリラはすごい、ゴリラはかっこいい、ゴリラはたくましい、ゴリラはとてつもない」などの、とくに根拠のないゴリラ賛美が続くだけらしく、たまに「俺はゴリラになりたい」という発言まで飛び出すそうだが、この発言が出るころにはベロベロだから、そのまま布団に倒れこんで寝るらしい。そしてその寝姿は、ゴリラというより枯れ木のようなみすぼらしさであるらしい。

酒をやめたほうがいいのかな、と思うんですが、どうなんでしょうか。泣き上戸や笑い上戸なら聞いたことがあるが、ゴリラ上戸というのは聞いたことがない。どうして酔うとゴリラの話ばかりしてしまうのか。

一説によると、人は酒を飲むと抑圧しているものを出してしまうらしいんですが、ということは、普段の私はゴリラを抑圧してるんですかね? ゴリラを抑圧するというのが自分でもいまいち意味が分からないんですが、ゴリラって抑圧されるものなんですか? ゴリラが顕在意識に浮かび上がる前に、無意識が抑えつけてるんですか?

下品な話や誰かの悪口ならまだしも、ゴリラの話は世間的にしちゃまずい話でもない気がしますが、しかし一方で、雑談でゴリラについて話すことは滅多にないとも思う。ということは、抑圧されていると言えるのかもしれない。

つまり、天気の話やテレビのニュースについて語るように、ゴリラについては語れませんよね? たとえゴリラの話がしたくても、「あ、そういえばゴリラってさ」とは、なかなか切り出せない。ちょっと不審者になるかもしれない。

人は会話の流れを意識するものだし、相手がその話題に乗ってくれるかも考えてしまう。そして私の日常的な話し相手である同居女性はゴリラに好意を持っておらず、ゴリラの話題にも乗ってこない(私見ですが、ゴリラに妙な好意を寄せるのは確実に男であり、ゴリラに好意を寄せている女など見たことがない)。

こうした話題のチョイスへの気遣いが酒を飲むことで解放され、「もう知らん、相手が興味なかろうが、俺はゴリラの話をしたいんだ!」という開き直りとなり、ひたすらゴリラについて喋りまくることになるのかもしれない。

一度、ゴリラ好きの男たちと朝まで居酒屋で語り合っておくべきなのかもしれない。浴びるように酒を飲みながら、ベロベロになるまでゴリラの素晴らしさを語り明かし、抑圧から解放されておくべきなのかもしれない。

始発で帰るころには、ガラガラの車内で酔い潰れて横になる枯れ木のような上田が見られるのかもしれないが、そんなことはもう、知ったことではないのだ。