真顔日記

上田啓太のブログ

三十路の森ガール問題

三十一歳女性が早朝にウォーキングをしている。

夕食をしっかりとるようになったら体重がすこし増えたらしく、これはまずいということで始めたらしい。普通よりも一時間早く起きて、会社に行く前の時間を利用して、近くの山を歩く。

今朝もウォーキングしたようで、私が目覚めると、すでにうっすら汗をかいていた。一仕事終えた爽やかな顔だった。ネコが近くに集まって鼻をひくひくさせていた。私も釣られて鼻をひくひくさせてみたが、そうして気がついたのは、女性のにおいがいつもと違うことだった。森のにおいがする。

「そりゃ森のにおいするだろうよ、あたし森歩いてきたからね、森ガールだからね!」

「ガールではないね」と私は言った。そもそも森ガールの使い方からして間違っているのだが、それはこの際どうでもよかった。親しい間柄であっても、言葉の誤用は許されない。ガールと呼ばれていいのは十代の女だけであって、二十代の女ですらガールではない。ましてや三十路ともなれば、こりゃガールなわけがない。

これは、三十歳の私が「無職ボーイ」あるいは「ひもボーイ」と自称してみれば分かる。この響きの馬鹿馬鹿しさ、あるいは痛々しさ、あるいは物悲しさ、不自然たりゃありゃしない。私は無職ボーイではない。「無職の男性」である。ひもボーイでもない。「ひも」である。三十超えて森ガールを名乗るのは、これと同じことなのである。

「もはやガールではない……」と三十一歳女性は言った。

もはや戦後ではない、みたいな言い方だった。

その後二人で議論を重ね、ガールという言葉は十代の女までであること、それは「女子」もまた同じであること、今こそ成熟の重要性が説かれるべきであること、上田はそろそろ人生としっかり向き合うべきであることなどが結論として導かれた。最後に三十一歳女性が言った。

「つまりあたしは森ガールじゃなくて森おばさんだね」

ただの森さんちのおばさんであった。