真顔日記

上田啓太のブログ

暑ければ脱げばいいという原始人的発想

いよいよ夏が近づいてきた。

私は、冬と夏では夏が好きである。

本当は春および秋の、適温で心地よい季節がいちばん好きであるが、わがままばかり言ってもいられない。春はかならず夏になるし、秋はかならず冬になるのである。「ちょうどいいあったかさ」は気づけば「クソ暑い」に変わっているものだし、「ちょうどいい涼しさ」も気づけば「クソ寒い」に変わっている。季節は巡る。僕、たくさん生きてきた。それ知ってる!

夏の暑さと冬の寒さなら、まだ夏の暑さのほうが我慢できるということだ。真冬はいつも憂鬱で、何もする気が起きず、昼から毛布にくるまって、「こんなことなら昆虫に生まれて冬眠していたかった……」と思っているが、夏はそうではない。普通に外に出るし、汗をだらだらかくのも、そこまで嫌いではない。

一方の同居人といえば、「冬は好きだけど、夏は一度ブン殴ってやりたい」だそうで、季節という抽象的なものをどうブン殴るつもりかは知らないが、かなり嫌っているようだ。「断然、冬派だね、あたしは。冬はぜんぜんイヤじゃないね! 夏はブン殴る!」と断言している。

意見が割れると私たちは議論を始めるのだが、私が夏を擁護するのに使った理屈は、「暑いのは脱げばなんとかなる」というものだった。「どれだけ厚着しても寒いもんは寒い。しかし、夏はとりあえず脱いどけばいい」と私は言った。

「そりゃ、上田は原始人だから……」

同居人はそんなふうに返した。平成の時代に生きているというのに、iPhoneを使い、パソコンで文字まで打てるのに、私は原始人扱いされていた。日本語だってなかなか流暢だと思う。少なくとも、人生でウホウホと言ったことはない。

「女は脱ぐにも限度があるし、女っていうか、まともな人は……」

たしかに、同居人は夏でもパンツ一枚で室内をうろうろしたりはしない。しっかりと服を着ている。節度というものがある。だが、上田はパンツ一枚で平気でうろうろしている。文化レベルが低い。人類が血を流しながら数千年の時をかけて積み上げてきた文明を平気で蹴飛ばすパンツ一枚。まったく、いかがなものか。

さらに、上田は脂肪というものがない。その身体はガリガリだから、骨と皮がほとんどであり、妙に手足が細長く、このあいだ全身鏡の前で両手両足を広げてみたところ、そのビジュアルはアメンボに似ていた。水面をスイーッと泳げるのではないかと思ったほどだった。

「女は脂肪も多いしね、脂肪は脱げないし、色々大変なんだよ! 脱げばいいとかいう雑な発想じゃやってけないんだよ!」

私は「なるほど」と思い、まじめな顔で聞いていたが、その時もパンツ一枚だった。