真顔日記

上田啓太のブログ

「はい、チーズ」は古いのかもしれない

いつものようにウォーキング。

今回はすこしコースを変えて、普段は通らない道に入ってみた。三十分ほどひたすら歩き、かなりハイになっていたころ、三人組の若い女に話しかけられた。写真を撮ってほしいらしい。ちょうど神社の鳥居の前だった。色んな人がいる中で、よりによってこんな汗だくの男に声をかけなくてもいいだろうと思ったが、断る理由もないからスマホを受け取った。

「鳥居が全部入るように、お願いします!」

リーダーらしき女に言われ、適当に距離をとって、しっかりと画面におさまることを確認し、「いきますよー、はい、チーズ!」と言った。それから、「じゃあもう一枚、はい、チーズ!」と言った。

女たちにスマホを返して、「ありがとうございますー」と言われて、キャッキャいいながら神社に入っていく女たちを見ながらウォーキングを再開したんだが、どうも引っかかることがあった。「はい、チーズ」という言葉である。

これ、古いんじゃないか?

私は友人というものも皆無に近いし、同居人は写真を撮られることを何よりも憎んでいるから、普段、誰かの写真を撮ることがない。撮るといえばネコ、あるいは街のヘンな看板で、ネコにしろ看板にしろ、撮りますよと声をかける必要がない。

結果、もう十年ほど人の写真を撮ることがなかったんだが、果たして今でも人は、「はいチーズ」などと言っているのか? さっきの女たち、たぶん十代後半、大学一年か二年に見えたが、ああいう平成生まれの人間も「はいチーズ」と言うのか? あるいは言わないにしても、その言葉自体は知っているのか?

すでに常識でなくなっていた場合、私は唐突に乳製品の名称を叫んでからシャッターを押すという、わけのわからない男だと思われた可能性がある。「あの人、なんでチーズって言ったの?」「知らないウケんだけど」「変な人なんじゃない、汗だくだったし」という会話を女たちがしている可能性がある!

そんなことになれば、女たちの噂は尾ひれがつきながらすさまじい速度で広がっていき、最終的に「京都に出没する謎のチーズおじさん」みたいな都市伝説も誕生しかねない。自分のささいな行為がきっかけとなって、口裂け女や人面犬といった面子にチーズおじさんが加わったりすれば、恥ずかしくて死ねる。

ウォーキングの高揚で妄想も膨らむばかりだった私は、帰宅と同時に同居人に聞いてみた。

「そういえば、最近は言わないかもね」
「なんて言うの、じゃあ、なんて言うのよ」
「あたしが仕事で撮影するときは、『撮りますよー』だけかな」
「チーズは? チーズは?」
「チーズは言わないね、でも、最近の若い子もさすがに知ってんじゃない?」

とのことだが、三十一歳女性の意見であり、「最近の若い子」ではない。

そもそも、なぜチーズと言うのか。意味不明ではないか。

ネットで調べたところによると、元々はアメリカで写真を撮る時の "Say,cheese" からきたらしい。要するに、「チーズと言え」ということだ。チーズと発話することで自然と口角が上がり、笑顔に見えるからということらしい。

思わずヘェとなる豆知識だったが、ということは、被写体がチーズと言わないなら、何の意味もない。私がチーズと言っても、私の口角が上がるだけである。カメラマンが一人で口角を上げている。京都に出没する、口角を上げた謎のチーズおじさんだ。

ちょっと口裂け女の要素まで入ってきている。