真顔日記

上田啓太のブログ

心の底からどうでもいいこと

世の中には、様々などうでもいいことがある。

だが、どうでもよさにも度合いがあるもので、どうでもいいと言いつつ、実はけっこう重要だと思っているなんてことも多々ある。本当に心の底からどうでもいい、まったく関心がない、今すぐ忘れてしまっても何の問題もないと断言できることなど、滅多にないだろう。

しかし本日、我々は本当にどうでもいいことを発見した。

ネコを飼いはじめる以前、この家は非常に静かだった。そんな環境で、私あるいは同居女性が、たまにグウーと腹の音を鳴らす。それがあまりにも頻繁だったから、我々はよく胃袋の話をした。なんせネコを飼いはじめる前である。話題はそういった些細なことに及んでいた。「あ、また鳴ってる」とか、「よく鳴るな」とか言い合っていた。

そしていつの間にか、私たちはそれぞれの胃袋を名前で呼ぶようになっていた。「木下」と「二階堂」という名前をつけ、どちらかの腹が鳴るたびに、「木下、なんか言ってるよ」とか、「さっきから二階堂うるさいよ」と言っていた。

さて、こんなものは内輪ネタである。数年後の自分ですら「なんだそりゃ」と思うほどの狭い内輪、未来の自分たちすら参加できない内輪である。なぜ当時の我々がそんなことをしていたのか、理由は分からないし、よほど暇だったんだな、と思うしかない。

だから、ネコを飼いはじめてからは、胃袋に名前をつけていたことなどは完全に忘れて、初音カワイイ、影千代カワイイと、そんなことばかり言うようになったのだが、今日、ネコが二匹とも眠っていて、ひさしぶりに家に沈黙が降りていたとき、私の腹がグウと鳴った。それは、非常に久しぶりに聞いた腹の音であった。その音を聞いた瞬間、数年前、胃袋に名前をつけていたことを私は唐突に思い出した。

「木下! 二階堂!」と私は叫んだ。

「あったねえ、そんなの」と女性が言った。

この後、心底どうでもいいと思える問いが女性の口から出た。

「あれ? 上田の胃袋が木下だっけ? あたしの胃袋が木下だっけ?」

思い出せなかった。どれだけ記憶を漁っても、「木下と二階堂」という名前が出てくるだけで、どちらの胃袋が木下で、どちらの胃袋が二階堂なのかは分からなかった。

しかも、二人で話し合っているうちに、「篠塚という名前もあった気がする」ということで意見が一致してしまった。つまり、上田か女性のどちらかが、自分の胃袋の名前(木下か二階堂のどちらか)に不満があると訴えたため、途中で篠塚に改名したのである。

さらに、「むしろ最初に篠塚という名前があって、それを改名して木下(か二階堂)にした気もする」という反論も出た。

ここでいったん整理して、すべての可能性を書き出してみると、

  1. 上田の胃袋は木下で、女性の胃袋は二階堂、上田の胃袋は途中で篠塚に改名した
  2. 上田の胃袋は木下で、女性の胃袋は篠塚、上田の胃袋は途中で二階堂に改名した
  3. 上田の胃袋は二階堂で、女性の胃袋は木下、上田の胃袋は途中で篠塚に改名した
  4. 上田の胃袋は二階堂で、女性の胃袋は篠塚、上田の胃袋は途中で木下に改名した
  5. 上田の胃袋は篠塚で、女性の胃袋は木下、上田の胃袋は途中で二階堂に改名した
  6. 上田の胃袋は篠塚で、女性の胃袋は二階堂、上田の胃袋は途中で木下に改名した
  7. 上田の胃袋は木下で、女性の胃袋は二階堂、女性の胃袋は途中で篠塚に改名した
  8. 上田の胃袋は木下で、女性の胃袋は篠塚、女性の胃袋は途中で二階堂に改名した
  9. 上田の胃袋は二階堂で、女性の胃袋は木下、女性の胃袋は途中で篠塚に改名した
  10. 上田の胃袋は二階堂で、女性の胃袋は篠塚、女性の胃袋は途中で木下に改名した
  11. 上田の胃袋は篠塚で、女性の胃袋は木下、女性の胃袋は途中で二階堂に改名した
  12. 上田の胃袋は篠塚で、女性の胃袋は二階堂、女性の胃袋は途中で木下に改名した

この十二通りのうち、一つが真実ということになる。

以上のことを話しあっている時、私の頭に浮かんだ言葉、および女性の顔に書いてあった言葉、それが「心底どうでもいい」だった。

現状、これが私の三十年の人生でもっともどうでもいい問いである。この先十年は破られないんじゃないかと思っている。