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真顔日記

上田啓太がいろいろ書くブログ

早朝にゴミ出しを

居候生活

「ゴミ出し……ゴミ出しを……」

朝八時、三十一歳女性の声がきこえてきた。私はすでに起きて小部屋で本を読んでいた。祝日のこんな早くに三十一歳女性が起きるのは珍しい。布団から頭だけ出していた。

「ゴミ出し……ゴミ出しが……」

寝起きで声がかすれていた。ブルースを歌わせると良い味が出そうな声質だった。モゴモゴとつぶやきながら、うつぶせのまま畳をばんばん叩いている。枕元のメガネを探しているようだ。

「ゴミ出し、やっとこうか?」

居間に行って尋ねたが、三十一歳は何も答えなかった。あいかわらず布団から頭だけ出している。まぶたが腫れていた。かつてないほど眠そうな顔だ。

「昨日、遅かったの?」

「マンガを朝まで……」

布団のまわりにマンガが何十冊も散らばっていた。メガネは見当たらなかった。マンガの下敷きになっているんだろう。

「夢中になりすぎた……」

聞いたことのないようなしゃがれ声だった。言葉のひとつひとつが死に際のひと言のようになっていた。玄関にゴミがまとめてあった。

「あれ出しとけばいいんでしょ?」
「違う……ゴミ出し……」
「ゴミ出しはしとくよ。寝てなよ」
「ゴミ出し……」
「ゴミ出しは俺がしとくから」
「ゴミ出しは……」

らちが開かない。この女はなぜこんなにもゴミ出しに囚われているのか。徹夜でゴミ出しのマンガでも読んでいたのか。主人公が悪の組織に邪魔されながら、仲間たちと協力してゴミを出す。そんな話を読んでいたのか。

三十一歳はほうっておいて、ゴミを持って外に出た。連休の朝は外も静かでよい。あたりを軽く歩きまわり、ゴミを捨て、何度か深呼吸してから帰宅した。三十一歳はすでに深い眠りについていた。布団から右手だけ出していた。何かをつかもうとしているかのようにその手は畳の上で開かれていた。最後までメガネは見つからなかったらしい。

夕方、三十一歳が小部屋にやってきた。

「ゴミ持ってってくれたのね。ありがとね」

同一人物とは思えないほど声がハキハキしていた。鼻にはメガネがのっていた。いつもの三十一歳女性である。

「いやね、今日って祝日でしょ。祝日もゴミ出しあるのか心配だったんだよ。だから朝、役所のページ見ようと思ったのよ。ゴミ収集車来ないのにゴミ出すのはイヤでしょ。だからゴミ出しあるか調べてほしかったんだよね。結局普通にゴミ収集あったみたいだし、よかったんだけど。ていうか、あたし言わなかった? あんま覚えてないんだけど」

説明能力も同一人物とは思えなかった。「メガネあったんだね」と言ってみたら、「は? メガネはあるよ」という答えが返ってきた。