真顔日記

上田啓太のブログ

暴風雨だろうがスタバに行く男

風が強い。京都に台風がおとずれたようだ。

昨晩から外の様子がおかしかった。どうも不穏なムードが漂っていた。住まわせていただいている身なので大きな声では言えないが、私の住んでいる木造の平屋、これがものすごくミシミシいっていた。木材のきしむ音が夜通しきこえておったのだ。

そして本日、風雨は激しさを増し、窓の外に目をやれば庭の木々がアクロバティックに揺れている。神が投げやりになったとしか思えない世界が広がっていたのである。だが、私はスタバに行くことにした。なんせ習慣化した行為なのである。たとえ暴風雨が吹き荒れていこうと、私はスタバまで歩く。片道二十分の道を歩くのだ。

服を着替え、髪をととのえ、右手でコンビニ傘を持ち、ノートパソコンをいれた鞄を大事にかかえ、私は家を出た。前方から吹く強烈な風が開始二秒で私のヘアスタイルを粉砕した。デコが丸出しになり雨滴が目にとびこむ。スタバに行く必要はあるのか。即座にそんな疑問がわいた。

しかし私は歩みをすすめた。前傾姿勢になり、風の抵抗を最小限にしながら、じりじりと前進する。太ももがパンパンで足腰に力が入らない。昨晩の私が、突発的な筋トレ欲にみまわれてスクワットを50回したからだ。米寿のごときフラつき具合で歩行した。容赦なく風は吹いた。スタバに行くだけなのにインディージョーンズ的気分に支配されてきた。

風向きは頻繁に変わった。そのたびに傘は引っ張られ、自分の意思をもったように動きまわった。無鉄砲なコンドルにヒモをつないで散歩させている気分だった。傘とは雨で人間が濡れるのをふせぐための道具である。ならばこれは傘ではない。私はびしょ濡れであり、ヘアスタイルは粉砕しており、傘はその機能をはたしておらぬ。本当にスタバに行く必要はあるのか。

街路樹は激しく揺れていた。地面近くをビニール袋らしきものが飛んでいった。そのうち小型犬なんかも飛んでくるかもしれない。雨は激しくなるばかりだった。傘は無能になるばかりだった。なぜ自分は外に出たのか。勤め先でもないスタバに何を律儀に向かっているのか。

家を出て数十分後、スタバの入口に立った私はボロ雑巾のような気持ちになっていた。髪はグシャグシャで服はクシャクシャだった。河原で大きな男の人に乱暴されたのかと思った。パンパンの太ももで店に入り、席に座り、いつものコーヒーを飲んで、しみじみと思った。

来る必要なかった。