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真顔日記

上田啓太がいろいろ書くブログ

ネコのためなら轢かれてもいいのか

居候生活

コンビニからの帰り道、三十一歳女性が「ネコ!」といった。

見ると暗がりのなか、遠くに小さく動くものがあった。この女はネコとなるとサバンナでも生き抜けそうな視力を発揮する。女性は歩調を速めてネコのほうへ向かった。私はコンビニ袋をさげたまま後を追った。

茶色い小柄のネコだった。女性は舌をならした。野良猫は警戒心が強く、この女の舌鳴らしは完全スルーで迎えられることが多いが、今回ばかりは意外や意外、ネコがトコトコ近づいてきた。どうやら飼い猫らしい。毛並みもよい。人に馴れており、女性の足のあたりに積極的に身体を押し付けている。

女の目の色が変わった。

たまりにたまったネコ欲を解消せんとばかりに、女性はその場にしゃがみこみ、ネコの全身をなではじめた。普段はネットのネコ画像やネコ動画でネコ欲を満たしている女である。そのすべてが目の前のネコに向けられることとなった。

私がネコだったなら、女の必死の形相にドン引きの四文字で対応するところだが、このネコは太平洋のごとき心の広さをもっているようで、女の過剰なかわいがりをそのまま受け入れている。私はコンビニ袋に入ったアイスが溶けるんじゃないかと不安になったが、女は路上でうずくまり、一心不乱にネコとたわむれている。意識が100パーセントネコに向けられている。こうなるとおしまいだ。

しばらく放置することにした。女は真剣そのものの表情でネコの背中をなで、アゴをさわり、尻尾をかるくつまみ、再び背中をなでた。ネコは気持ちよさそうに身体をあずけていた。

「ネコと三十路」という題の銅像をイメージしながらボンヤリしていたら、車のヘッドライトが我々を照らした。遠くから車が走ってきていた。狭い道である。女は道の真ん中でネコとたわむれていた。このままいけば、ネコもろとも車の餌食になるだろう。

私は「車きたよ」と告げた。

女の耳には届かなかった。我を忘れてネコを撫でつづけていた。そういう機械のように見えた。私はもう一度、「車きてる」と言った。それもスルーされた。実際問題として、車は近づいてきていた。私の二度にわたる警告、さらにヘッドライトの光すら存在しないものとするネコ欲に寒気をかんじた。車がシャレにならない距離まで近づいてきたので、私は女の服を強くひっぱり、耳の近くで叫んだ。

「おい、死ぬぞ!」

まさかコンビニの帰り道でこんなドラマチックな言葉を口にするとは思わなかった。

女はようやく車に気づいて、ささっと道の端に逃げた。ネコもそれに続いた。車が通りすぎていった。私は自分の判断が三十路と小動物の命をすくったことを誇りに思ったが、女は道の脇でかわいがりを再開していた。尽きることを知らないネコ欲だった。

いいかげん帰りたかったので、「アイス溶けるぞ」と言った。女はその言葉に反応して立ち上がった。最初からこれを言えばよかったのだ。我々はその場を離れたが、女は何度もうしろをふりかえり、「また来るからね!」と連呼していた。

こっちはこっちでドラマチックであった。