真顔日記

上田啓太のブログ

味噌カツで狂乱する女

「近所の弁当屋にあたらしいメニューが増えてた!」

三十一歳女性はそう言って部屋に駆けこんできた。肩で息をしていた。レース直後の競走馬のごとき鼻息だった。この女は弁当の種類が増えたことを「日本が戦争に勝った」みたいなテンションで言う。そのうち号外のビラを配りだすかもしれない。

「行こうね、今日はごはん作らないからね、行こうね」

三十一歳女性は私のすそをつかんで外へ出ようとした。私は上下スウェットという絶望的なありさまだったので、さすがに着替えてから出ることにした。ジーンズに履き替えているあいだも、三十一歳は「味噌カツ弁当とねえ、てりやき南蛮とねえ……」と弁当屋の新メニューを口のなかで唱えていた。

興奮ぎみの三十一歳に引っ張られながら弁当屋へ行った。たしかに店の前に新メニューの貼り紙があった。私はそのなかでは味噌カツ弁当にひかれた。三十一歳も同じものにひかれたようだった。我々は店員に味噌カツ弁当を注文し、代金を払った。

厨房から中年の女が顔を出して、「いまからカツ揚げるから十分くらいかかります」と言った。我々はアイコンタクトを用いて、「近くのドラッグストアで時間をつぶそう」と通信した。店員に会釈して弁当屋を出た。

その直後、三十一歳女性が信じられない言葉を発した。

「おいしかったね!」

もしみなさんが「なに言ってんだこの前歯」と思ったならば、それは私の感想とまったく同じである。圧倒的にワケがわからなかった。三十一歳はあまりに感極まって、味噌カツ弁当を食べ終えたときに言うべき言葉をさっそく使ってしまったのである。

「おいしかったねって言っちゃった」

三十一歳は赤面してそう述べた。「おいしそうだね」と言うつもりだったのに、味噌カツ弁当のことを考えすぎて、イメージが湧いて仕方がなくて、頭のなかで無意識のうちに味噌カツ弁当を食べてしまったらしかった。結果、注文しただけなのに味の感想を述べるという異常事態が勃発したらしい。

数十分後、我々は自宅で味噌カツ弁当を食べ、三十一歳の口から本日二度目の「おいしかったね!」が飛びだしたことを、最後に付言しておく。