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真顔日記

上田啓太のブログ

美空ひばり事変

小部屋で書物を読んでおったら小腹がすいたので、冷蔵庫のチョコ菓子を口にするべく居間へ出た。するといつもは静まり返った空間で生活している三十一歳女性がクラシック音楽を聴いている。ずいぶん珍しいこともあると思っていたら、

「これ、ショパンのピアノソナタ」

と、聞いてもないのに宣言された。その言い方はツンとしており、鼻もちならないムードであった。ハイ・ソサエティーの一員です、という顔になっていた。嬉しそうに前歯を出しちゃって何がショパンだ、普段はこんなもん聴いてないくせになんでいきなりクラシックに目覚めてんだよ、と舌打ちしたが、机の上に見慣れないマンガが散らばっていて合点がいった。

そのマンガは『ピアノの森』というタイトルだった。読んだことはないがおおよその筋は知っていた。天才ピアニストを主人公とした漫画である。つまり三十一歳はこのマンガに影響されて普段は耳にしないショパンを聴いているのだ。なんたる短絡、あまりに露骨、とんでもなく単純な女である。

三十一歳は事の次第がバレたことに気付いたようで、いまさら単行本のタイトル部分を手で隠しはじめたが、時すでに遅かった。私は「そういうことね」と言い捨てて冷蔵庫へ向かった。後方で「いや違う、そういうことじゃない、そういうことじゃないはず」という声がきこえた。

ここで話が終われば、「三十一歳女性の行動は分かりやすいなあ」と笑って、みなさんもそれぞれの日常に戻れるわけだが、ここから三十一歳女性の全面反撃が開始した。三十一歳曰く「あんたの影響されやすさは、あたしの比じゃない」とのことである。

具体的に説明しよう。

上田という人間には、耳に入ってきたメロディーを口ずさむという習性がある。たとえば三十一歳が鼻唄を歌うと、しばらくして上田がまったく同じ鼻唄をうたいだす。しかも当人はそれに気付いておらず完全な無意識であるから滑稽千万、上田と書いてバカとルビを振りたくなる姿だそうだ。

さらに、メロディに感染しやすいだけならまだしも、上田にはもっと酷い特性があり、それは軽薄であるということ。言動が適当、生き方が適当、自分の言葉を即座に忘れるから言うこともやることも一貫しない。そんな上田の軽薄さが最も酷い形であらわれたのが「美空ひばり事変」だ。

上田は居間から小部屋に戻る際に必ず鼻歌をうたうのだが、テレビジョンで音楽番組をやっていた場合、確実にそこで流れていた曲を口ずさむ。例の影響されやすさが、ここでも出るわけである。

ある日、歌番組で懐メロを紹介するものがあり、昭和歌謡からJ-POPまで過去に流行った楽曲が次々と流された。その際、上田は途中で流れてきた美空ひばりの映像を見るなり、「ひばりはスゴイ」と断言した。当然のように下の名前で呼んでいることに三十一歳は困惑したが、その後も上田は「ひばりは別格」「ひばりは日本の宝」と口走り、ついには「ひばりの歌はどうしてこんなにも素晴らしいんだろう?」と自問しはじめたという。

三十一歳は「死ぬまでひとりで考えてろよ」と心のなかで毒づいたらしいが、上田はそんなことは知るよしもなく、「ひばりスゴイひばりスゴイ」と馬鹿のように繰り返す。突発的に始まった美空ひばり賛美はテレビジョンが美空ひばりを流し終えた後もえんえん続いたという。そしてまた、そこで繰り出される絶賛のコメントはことごとく薄っぺらく、ペラッペラのカッスカス、要約すると虚無しか残らないような言葉であった。

しかしとにかくこの上田という男、美空ひばりが好きなのは事実なんだろう。三十一歳はそう考えて、きっと小部屋に戻る際の鼻歌は美空ひばりになるだろうと予測した。ただでさえ影響されやすい上に、これだけ熱く語ったのだ。『愛燦燦』のメロディーを口ずさみながら、自分の部屋へ帰っていくことになるだろう。

しかし数十分後、テレビを消して立ち上がった上田が口ずさんだのは、あれだけ絶賛した美空ひばりではなく、単にテレビを消す直前に流れていたモーニング娘だった。『LOVEマシーン』だった。その瞬間に三十一歳は悟った。虚無だ、と。この男の言葉は未来永劫にわたり一度も信頼すまい、と。

『ピアノの森』に影響されてショパンを聴いた三十一歳を笑ったばかりに、私は以上の反撃を受けた。小石を投げたら核ミサイルが飛んできた気分だった。しかしこの美空ひばり事変は厳然たる事実であり、自分の人格に対する象徴的なエピソードであり、強く反省が求められるわけであり、上田の未来を考えると Wow Wow Wow なんて言ってられないな、と思った。