真顔日記

上田啓太のブログ

いつまで「三十一歳女性」と呼ぶつもりだ

真顔日記をはじめた際、とくに同居人の呼び名を決めておらず、便宜的に「三十一歳女性」と名付けた。あとあと、しっかりとした名前をつけようと考えた。その時の思考は以下のような感じだった。

三十一歳女性は自分の存在を隠したがってるし、本名を出すのは不可能だろう。なにか適当な仮名をつけようか。まァしかし面倒だから今はひとまず「三十一歳女性」だ。名前なんていつでも決められる。瑠璃子でも光代でもステファニーでも、適当に女の名前を引っ張ってくりゃあいい。よし今日は酒を飲んで寝よう。

そして、そのまま半年である。いつの間にか三十一歳女性という呼び名は妙に馴染んでしまい、読者の方々も当然のように「三十一歳女性は〜」と言っておられる。不思議なものである。これでは、いまさら「三十一歳女性の名前はステファニーにします」とか言ったところで、違和感はハンパない。

こんなことをグダグダ喋っているのは、こんな質問が届いたからである。

三十一歳女性は、そろそろ三十二歳女性にならないんですか?

鋭い質問である。そもそも年齢というのは毎年ひとつずつ重ねていくものであり、呼び名にはふさわしくない。三十一歳女性はすぐ三十二歳女性になるわけであり、それも時が過ぎれば三十三歳女性になる。名前という半永久的に使うものに年齢をいれる男は馬鹿、先の読めぬグズのヌケサクである。

そして、それが私だ。

堂々と断言していても事態は変わらないし、どうしようかと悩んでいる。三十一歳女性の誕生日は近い。しれっと三十二歳女性に呼び名を変えるか? だがそれも一時のもの、また一年経てば三十三歳女性に呼び名が変わる。真顔日記を続けるかぎり、毎年名前が変わる。起死回生を狙う芸能人じゃないんだから、そんな頻繁に改名することに何の意味があるのか。

結論を言わせていただく。

三十一歳女性は数ヶ月後には三十二歳になるだろう。しかしここでの呼び名は三十一歳女性のままにする。三十一歳女性がどれだけ年を取ろうと、三十五歳女性になろうと四十歳女性になろうと、五十だろうと六十だろうと七十だろうと、私は彼女を三十一歳女性と呼ぶことに決めた。みなさんも受け入れていただきたい。

なお、「オマエ何十年住みつく気だよ」というツッコミに関しては、丁重に無視させていただく。