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真顔日記

上田啓太がいろいろ書くブログ

宇宙スケールの男

日々と思考

この日記では三十一歳女性との生活が世界のすべてみたいになっており、スケールの小ささがハンパないが、そんな私も過去に一度だけ、スケールの大きな存在になったことがある。

大学一年の七月、地球科学という授業のレポートを書いていた。締め切りは夕方5時。時計の針はすでに4時をまわっていた。規定の文字数は4000字なのに、まだ名前を書いただけだった。大学のひんやりとしたコンピュータールームでじんわり汗をかいた。

とにかく、何かでっちあげなくてはいけない。

評価はレポートだけで決まるらしい。日本語で4000字を埋めて、体裁だけでも整えて、締め切りまでに提出すれば、単位をもらえる可能性はゼロではなくなる。地球科学だ。地球について書こう。地球の歴史について、ネットを駆使しつつ、分かったようなことを書き連ねよう。

56億年。地球が誕生してからの年数だ。気の遠くなるような時間である。

いきなり大上段に構えて、そんなふうに書き出した。そして、刻一刻と過ぎていく時間のなかで、ひたすら知ったようなことを書いていった。真理を手にした男のように、「である、である」と乱発した。要約すれば「地球すごい」で済むことを、小難しい文体で、薄く薄く引き伸ばしながら書き続けた。

規定の4000字が埋まった時、時計の針は4時50分を指していた。私は一息ついて、テキストファイルを保存し、プリントアウトした。コンピュータールームの巨大なプリンタからレポートが吐き出された。ホッチキスで止め、パソコンの電源を落とし、事務局に向かった。そこでふと気がついた。

レポート冒頭で私は書いた。

56億年。地球が誕生してからの年数だ。

この文章は勢いだけで書いた。今になって違和感がやってきた。56億年。この数字は正しいのか? 46億年だった気がする。56億年ではなく、46億年が正しいのではないか。急いでパソコンの電源を入れると、バカみたいに遅い起動にイライラしながらブラウザを開いた。

46億年が正解だった。私はレポートの冒頭から10億年も間違えていた。である口調で間違えていた。これはとんでもなく恥ずかしいことであり、しかも読むのは地球科学専門の大学教授、10億年間違えるというボケに対する最強のツッコミである。どうしよう、今から修正して印刷しなおそうか。待て、時間はどうなっている、4時55分、今からそんなことをしていて間に合うのか。事務局までの移動時間も考えなくてはいけない。どうする、どうする、どうすればいい……。

10億年なんて知るか!

この時、私はたしかにそう思った。そしてコンピュータールームを飛び出し、事務局へ全力疾走すると、56億年と書かれたままのレポートを提出ボックスにぶちこんだ。46億年も56億年も大差ないと思った。素晴らしき蒼き惑星地球、それが存在していること自体が心を揺さぶる感動的なことであり、10億年の間違いをとやかく言うような人間は、己の矮小さを詫びて消え失せろ!

鼻息荒く、そう思った。

いいですかみなさん、この瞬間、私は10億年という時間を「大差ない」と一蹴したのだ。10億年の違いなんて関係ないと言い切ったのだ。このスケール感、完全に永久の世界に生きる神の発想である。10億年というのは、100歳まで生きた人間が一千万回の転生をくりかえしてようやく過ぎさる時間であり、ちっぽけな人類からしたら無限に等しい時間なのに、それをこの上田という男は、たんなる大学生にすぎなかったはずの男は、完全に、圧倒的に、完膚無きまでに無視したのである。

10億年を足蹴にした男。

これが上田という人間に付けられるべきキャッチコピーであり、これから私がどれだけチッポケに見えようとも、一円単位で割り勘したり、最後に残ったクッキーの所有権を必死で主張していても、それだけは肝に命じておいていただきたい。

以上。

地球科学の単位は落とした。