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真顔日記

上田啓太がいろいろ書くブログ

細長い二文字の苦悩

居候生活

こうして女の人の家に住みついていると、「あれ? 俺ってすごく不安定な状況じゃねえ?」と我に返ることがあって、そうしたらもうたまらない。三十一歳女性との関係によっては明日から住むところがなくなるという当たり前の現実にぶちあたって、食べていたビスコの味もなくなる。

三十一歳女性が私のことをどう考えているかも曖昧で、住まわせてくれているのだから嫌いということはないのだろうが、恋人同士のようなベッタリした関係でもないし、メシを食うとき以外はそれぞれの部屋にいることが多い。三十一歳は男に依存する類の女でもないし、どちらかというとネコに依存している。

だから私という存在がいなくても三十一歳女性の日常はふつうに続いていくわけで、じゃあ何か私がいて便利なことがあるのかといえば、自分でもまったく思いつかない。主夫として家事をしているわけでもなく、メシは基本的に外食だし、時間があるときは三十一歳が料理をつくる。

一度だけ私が卵焼きを作ったこともあったが、フライパンの上の卵をアドリブでつついていたらどんどんグチャグチャになっていって、最終的にグロテスクとしか言いようのない姿になった。私は見た目も味も気にしないのでおいしく食べたが、三十一歳は「いらない」と言って自分で作っていた。

洗濯は三十一歳がしているし、私はこのあいだコタツのなかで靴下を脱いで怒られたばかりだし、掃除も三十一歳がしているし、このあいだ床にピスタチオの殻を落として怒られたし、こう書いていると私という存在は何の役にも立っておらず、食べカスと衣服を撒き散らかすだけの生きものだ。

今のところ、三十一歳にとってメリットだと思えることはひとつだけで、それは毎週月曜の夜のこと。彼女はロンドンハーツというテレビ番組が好きなのだが、いつも私が前日にネットで情報を仕入れて、「明日のロンドンハーツ、こんな内容らしいよ」と教えている。出演者とか企画内容を説明して、「へえ、おもしろそうだね」という言葉をいただいている。これが唯一、私を住まわせているメリットである。

ただこれも、三十一歳が自分でテレビ欄を見るようになった瞬間に滅びゆく、あまりにも頼りない武器である。突発的な不安に襲われてきたので、三十一歳女性にとってプラスになる存在になろうと決めた。みなさんもどうか見守っていてほしい。今日をもって、細長いだけの存在とは別れをつげて、未来永劫住まわせたくなる男に生まれ変わるんだ。

ということで、とりあえずネコの動きを研究している。