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真顔日記

上田啓太がいろいろ書くブログ

平家のオッサンは叫ぶ

日々と思考

近所の弁当屋にて、弁当を注文して店内で待っていた。他にも何人か待っている人がいた。みんな静かにしており、店内は平穏そのものだった。

その時、店のとびらが開いて、サラリーマンらしきオッサンがヌッと顔をだした。目が無駄にパッチリしており、まつ毛が長く、落ち武者みたいな髪型をしていた。オッサンは店内には入らず、とびらの隙間から顔だけ出した状態で、

「ポンから!」

と叫び、そのままどこかへ消えていった。

べつに、新手の都市伝説ではない。

私も一瞬なにが起きたのか分からなかったが、オッサンは注文をしていったのである。「ポンから」というのは「ポンから弁当」のことだ。からあげに大根おろしとポン酢がかかっている。この店の人気メニューである。ではなぜ、注文してすぐ去ったのか。弁当ができるまで十分ほどかかるから、店内で待つのではなく、近くのコンビニにでも行って時間をつぶすのである。会計は弁当を受けとるときでいい。

顔だけ出して「ポンから」と叫んだのは、注文のプロセスを極限まで短くした結果。すぐに立ち去ったのは、待ち時間を有効活用しようとした結果である。忙しいビジネスマンは、弁当の注文さえスピーディーにおこなうというわけだ。

と、ひとまずオッサンの側に立って真顔で解説してみたが、正直なところ、気がふれているようにしか見えなかった。見た目はビジネスマンというより平家の怨霊だったし、あまりに一瞬で去っていったから、ヤバい幻でも見たのかと思った。「やっぱ京都って出るんだ……」と見当違いな汗をかいた。

店員が普通に「かしこまりましたー」と言ってるのをみて、ようやく事態を把握した。あのオッサンはいつもこうして注文しているようだった。ものすごく心臓に悪い注文方法である。他の客が全員ビクッとなっていた。老人がいたら天に召されていただろう。ポンからという言葉でビックリして死ぬなんて、閻魔も苦笑いするしかない。

しかしオッサンも、最初からああいう注文をしていたわけではないはずだ。店員との間によほど信頼関係を築かないと不可能だからである。長い月日をかけて、あの悪夢みたいな注文方法に辿りついたのだろう。常連として通っているうちに注文が簡略化され、とうとう店に入らずに顔だけ出して注文するようになったのだろう。そして注文の言葉も、「ポンから弁当ください」から「ポンから弁当ひとつ」になり、「ポンから!」の四文字まで削られていったのだ。

そう考えると、これはまだ進化の途中なのかもしれない。さらに簡略化される可能性もある。次に見たときは、とびらを開けて「ポン!」と叫んでいるのかもしれない。

まあ、そのときはさすがに殴っちゃっていいと思う。

盛者必衰を思い知らせてやったほうがいい。