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真顔日記

上田啓太のブログ

カラシ事変のすべてを語ろう

最近、よくコンビニでかた焼きそばを買っている。レンジでチンするだけなのに、これが異常にうまい。今日も買ってきたのだが、レジでちょっとした事件に出くわした。そのすべてを以下に記す。

レジには見慣れない店員がいた。二十歳くらいの男である。大学生だろうか。まじめそうな黒髪の男だ。私がかた焼きそばを渡すと、男は「あたためますか?」と聞いてきた。「お願いします」と伝えた。ここまでは何の問題もなかった。コンビニではよくある風景だった。

しかし次の瞬間に事件は起きた。この商品にはカラシの小袋がテープで貼りつけてあり、「はがしてから温めてください」と書いてあるのだが、店員はそのままレンジに入れたのである。「あ」と思ったが、カラシは使わないので、私はなにも言わなかった。

とりあえず静観しようと思い、会計を済ませてレジ横で待った。今のところ、店員は気付いている様子がなかった。次の客もいないので、レンジの前で温まるのをぼんやり待っている。やがて、チンと馬鹿みたいな音がして、かた焼きそばが温まったことを知らせた。

ここで気付くはずだった。どう考えても、レンジから出すときに、「はがしてから温めろ」という注意文が目に入るはずだ。店員はレンジをあけた。そして数秒間、完全にフリーズした。露骨に動きが止まっていた。笑いそうになるほど分かりやすかった。

しかしとにかく気付いてくれた。あとは、「すみません、カラシもいっしょに温めてしまいました」とか店員が言って、私が「どうせ使わないので大丈夫ですよ」と答えて、いつも通りの日常に戻るんだ。

だが、店員はかた焼きそばをレンジから出すと、何食わぬ顔でレジに戻ってきた。かた焼きそばの持ち方が不自然だった。右手で容器を持ち、左手でカラシのあるところを覆っていた。店員は左手でうまくカラシを覆い隠しながら、ビニール袋にかた焼きそばを入れはじめたのだ。

それは衝撃的な光景だった。目の前でショボすぎる隠蔽が行われている。この男はカラシを温めてしまったことを私に教えないつもりだ。まだバレてないと思っているんだ。でもそんなの、容器にカラシが貼りっぱなしである時点でバレることじゃないか。

かた焼きそばをいれ終わると店員は袋に箸をいれた。それから顔を上げた。だが私は見逃さなかった。店員が、まだ袋から手を出していないことを。

店員は顔をこちらに向けたまま指で袋のなかをまさぐり、容器に貼ってあるカラシの小袋を見つけると、カリッ、カリッとこすり始めた。私は目の前でおこなわれている行為に驚きを隠せなかったが、見ないふりをした。

店員はとことん隠蔽を続けるつもりのようだった。奇妙な沈黙のなか、店員が容器を指でこする音だけが鳴りひびいた。おおっぴらに袋の中をのぞけないから、うまくカラシが剥がせないようだった。私は、なぜか自分の脇がぐっしょり濡れているのを感じた。

何度めかのカリカリで、ようやくカラシが容器から剥がれ落ちた。店員は顔色ひとつ変えずに袋を渡してきた。そして元気に「ありがとうございましたー!」と言った。一仕事終えた顔になっていた。

一部始終、見てたんだけど。

そう言いたい気持ちをおさえつつ、袋をうけとって店を出た。なんだろう、この気持ち。カラシは元から使わないので損はしていない。なのに、なんだか釈然としない。なんなんだ、この、人間の暗部を見せられたような気持ちは。こんなショボい形で人間の汚さを知りたくなかったよ。

家に帰ると、かた焼きそばを食べた。カラシは袋のなかに落ちていた。さわってみると衝撃的なほどカチカチになっていた。レンジで温めるとカラシは固形化するようだった。ああ、カラシが死んでる。固くなったカラシをさわりながら、そう思った。

以上がカラシ事変の顛末である。

戦死者であるカラシの小袋に深く黙祷をささげる。