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真顔日記

上田啓太がいろいろ書くブログ

三十一歳女性の眼球運動

居候生活

三十一歳女性が電気をつけたまま寝ていた。ソファで横になって、そのまま眠りに落ちたようだ。放っておこうかと思ったが、そこでふと気がついた。そういえば私はこの女の寝顔をしっかり見たことがない。これは大きな問題ではありませんか。

愛しあう男女は恋人の寝顔をみて飽きることがないという。寝顔をみながら微笑んでいれば、あっというまに時が過ぎるのだ。寝顔をみてニヤついて数時間なんて、ドラッカーがきいたら卒倒しそうな生産性の低さだが、男女の世界においては低い生産性こそが愛の証明なのである。

私はみずからの愛を証明すべく、女のとなりに寝転んで顔をのぞきこんだ。めくるめくロマンティックな時間のはじまりである。このまま数時間もながめていれば、愛おしくて愛おしくてしょうがなくなって、バラなんか買いに花屋へ走っちゃうのだろう。

だが、しばらく見ても特に感慨はなく、早々にボアでダルな気分になる。果たして世のカップルは具体的に寝顔のどの部位を見ているのか、デコか、眉尻か、鼻みぞか、などと思考はあさっての方向へ飛んでゆく。バラなど買いに走るわけもない。あれは値段が高いし、トゲも痛いし、そもそも近所に花屋はない。

非常に現実的な気持ちになってきたので、腰をあげようかと思ったが、そこであることに気がついた。女の目のあたりに動くものがある。まぶたの辺りがモコモコと波打っているのだ。まぶたの下にあるもの、すなわち眼球である。女は眠っているのに眼球だけが活動しているのだ。私はそれまでの退屈がウソのように興奮した。これはもしかして!

レム睡眠という言葉をご存知だろうか。REM、Rapid Eye Movement(急速眼球運動)の略である。眼球がすごい速さで動くことから名付けられたらしい。以前なにかで読んだことはあったが、生で見たのははじめてだった。女はまさに高速眼球運動をしていた。ボアでダルな気分はふっとんで祭の夜のような昂揚におそわれた。頭のなかに祭り囃子が鳴りひびいた。

眼球は想像以上に速く、はげしく動いていた。私は興味深く観察した。見慣れた同居人の顔がまるで別人にみえる。なんだかラリラリした顔になっている。表情と連動せずに眼球だけが動くと、こんなに凄まじい顔になるものか。この女、なんて表情を隠し持っていたんだ。昼の顔からは想像もつかない、とんでもない夜の顔である。

これは面白い。面白いが、全然ロマンティックじゃない。正直なところ気持ち悪い。無表情で眼球だけが動き回っているなんて、天使からほど遠い寝顔である。女の眼球がまわるほど百年の恋が冷めてゆく。私は生産性が低くても愛が深まるわけではないと知った。眼球の観察はたしかに生産性ゼロだが、まったくもって愛の証明ではない。

ひととおり観察したころ、女が「フスッ」と妙な鼻息を出して目をさました。私が隣にいることに驚いたようだった。すばらしい眼球運動を見せてもらったことに感謝の意を示すべく、「眼球がグリグリ動いてたぞ!」と教えた。女はしばし理解に手間取ったようだが、やがてすこし照れながら、「よく分かんないけど、恥ずかしいからそんなの見ないで」と言った。予想外の反応に「あっ、ごめん」という言葉がもれた。ふたりのあいだに沈黙が降りて、しばらく何を言うでもなく見つめあった。

最後だけ見れば、すごくロマンティックであった。