真顔日記

上田啓太のブログ

おっさんは一つの様式

気づけば三十歳を過ぎている。同世代の男は少しずつ自分をおっさんと称しはじめた。しかし自分にはどうもおっさんとしての自覚が生まれない。ほとんど人に会わない生活をしていることも大きいんだろう。ひとりでいると年齢感覚がアップデートされないため、…

読んだことのない雑誌を読んでみる

前置き:今年の没原稿を供養しておきたい。内容とは関係のない事情でお蔵入りになった。雑誌読み放題サービスを使って色々な雑誌を読んでみるという企画。 * 未知の雑誌を読むことには、独特の楽しさがある。ふだんの自分の関心から遠ければ遠いほどに楽し…

ハンガーにかけられたコートは、なぜあんなに偉そうなのか?

はじめて意識したのは十八歳の時だった。一人暮らしをはじめた冬である。自分のコートをハンガーにかけて思った。なぜ、コートという衣類はこんなにも偉そうなのか? 衣類がここまで偉そうな態度を取ることがあるか? 正面から見たときの話である。ものすご…

サンタのしっぽをつかめ

誰の人生にも、サンタクロースが嘘だと気づいた瞬間があるはずだ。しかし私は思い出せない。いつのまにか、「サンタなんていないでしょ」という冷めた態度になっていた。「サンタいるでしょ!」から「サンタいないでしょ」への転換、この瞬間が絶対にあった…

初恋の記憶がパピプペポ

成人式に出席したとき、「未来の自分に宛てた手紙」を読む機会があった。完全に忘れていたんだが、小学生のころ、「二十歳になった自分に手紙を書こう」という企画があったらしい。担任の教師がしっかりと保管していたらしく、その場で生徒のひとりひとりに…

ヤセ型の男を見ると人は予言者になるのか?

私はヤセ型の男である。十代で体型が定まって以降、ほとんど体重に変化がない。骨格も華奢である。肩幅のせまさと、手首のほそさがポイント。あちこちで「細いねえ」と言われながら生きてきた。そんな私の経験で言うと、人は、ヤセ型の男を見ると予言者にな…

野生の勘よりグーグルマップ

最近はまったく道に迷わなくなった。日常的にネットを使う環境にあるからだろう。スマホを出せばその場で道を調べられるから、迷いようがない。これは地味にすばらしいことかもしれない。というのも、私はいわゆる方向音痴というやつで、以前はひんぱんに道…

「アイプチで白目をむく」という現象について

高校時代のクラスメイトに、やたらと白目をむく女がいた。背の低い女子で、目が小さく、それをコンプレックスにしており、毎朝がんばって二重にするべくアイプチをするんだが、その影響で、喋っていると唐突に白目をむいてしまう。本人も自覚していた。 あの…

マンガ喫茶バイトの思い出

マンガ喫茶でバイトしていたことがある。あの仕事はよかった。すばらしく暇だった。何をすることでもなく一人でカウンターに立っていることが多かった。「労働」と「ぼんやり」の境界線が溶けてゆくのを感じていた。 想像がつくと思うが、マンガ喫茶では、客…

なぜ十代の頃はあんなに徹夜していたのか?

なんだかんだで徹夜をしなくなった。年をとると徹夜がキツくなるなんて話を、むかしは他人事のように聞いていた。十代後半から二十代にかけて。しかし三十歳をすぎた今、たしかに徹夜はつらい。意味もなく夜更かしなどしたくない。夜は眠るための時間だ。 そ…

最近の仕事まとめ2018年春

最近の原稿仕事をまとめておきたい。定期的にこういうことをしたほうが絶対にいいからである。まとめをさぼるのはよくない。ということで、今年の一月から四月にかけてブログ以外に書いていたものをまとめます。よろしくお願いします。 GINZA まず、GINZAの…

自称aikoのどうしようもなさ

あいかわらずaikoを聴いている。 というか、この書き出しはもはやこの日記において、「あいかわらず酸素を吸っている」くらいの意味にしかならない気もするが、あいかわらず聴いている。何度聴いても、自分のことを歌っているとしか思えない。私の中にはaiko…

ゴッホの絵を見るとクレープが食べたくなる

先日、杉松とふたりでゴッホ展に行った。京都国立近代美術館でやっていた。それで実感したが、ゴッホのなまの絵を見ることはものすごく疲れる。すさまじく疲労した。昼食をとってから絵を見たのに、美術館を出た後、二人とも甘いものが食べたくなっていた。 …

直方体の部屋をエアコンでキンキンに冷やしたい

去年の夏、新居の冷房を使った。非常に効きのよいものだった。といっても、べつに特別な冷房ではない。ワンルームに備え付けられたふつうの冷房である。むしろ部屋の形状の問題だろう。私は冷房が素直にきく空間に感動していた。 というのも、長く居候してい…

発声と健康

現在、日常において声を発する機会がない。文を書くことが生活の中心にある。人と会わなければ声は不要である。そして分かったのは、声を出すことは健康によいという単純な事実だ。失なってはじめてわかる、声を出す機会の大切さ。 コンビニ店員と最低限のや…